11年眠っていた旧車で高速走行?
しかし、政府と東京電力は事故から11年以上経過しても前記3つの問題を総括していないため、まだ大半の国民は原発に対して恐怖感や忌避感を持っている。真摯な総括・反省をしない限り、再稼働に進んではいけないのだ。
私が再稼働に反対するもう1つの理由は、元・原子炉設計者から見て工学的なリスクが非常に高いと思うからだ。原子炉は稼働から40年以上経過しているものが多数あり、それが11年以上も止まっていたわけだが、もし40年前に製造されて車庫に11年間眠っていた自動車を動かし、フルスピードで高速道路を走ったらどうなるか? どんなトラブルが起きるか、わかったものではないだろう。
しかも、原子炉は“配管の化け物”だ。極めて複雑な構造で、自動車とはわけが違う。にもかかわらず、政府は運転期間を30年から40年に延長し、さらに原子力規制委員会の認可を受ければ1回に限り60年まで延長できるようにした。耐用年数ではなく運転期間だから停止していた期間は差し引かれるが、それで大丈夫かどうかは何のテストも実証もされていない。ましてや11年以上も止まっていた原発を再稼働した例は、世界にないのである。
さらに、電力会社と原子炉メーカーに建設時の責任者やエンジニアはもういない。福島第一原発事故当時にいた人たちも11年間で代替わりし、“原子力ムラ”(※原発利権によって結ばれた政治家・企業・研究者の集団)は無責任体制のままである。
もし私が首相だったら、3つの総括をして原子炉の工学的な安全性とリスクを国民に説明する。その上で2年ごとに担当が代わる役所の旧弊を廃止し、責任を持てる原子力行政の確立を誓って国民に理解を求める。
“ど素人”の岸田首相が再稼働したければ、すればよい。だが、総括も説明もないまま、なし崩しに再稼働することは危険であり、許されない。しかも、万一事故が起きた時に首相官邸で指揮を執るのは誰なのかさえ決まっていない。そんな状況で前に進んだら、地元住民をはじめとする国民の理解は得られないだろう。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社刊)など著書多数。
※週刊ポスト2022年10月28日号