第二次世界大戦の後、激動の世界情勢が続くなかで即位し、以来70年の長きにわたりイギリス女王の座を守り続けたエリザベス2世。その死から2か月近くが過ぎた今も、悼む声が尽きることはない。チャールズ新国王が母から受け継ぐ「遺産」は有形無形のものを含めて莫大な規模となる。そのなかには、女王がこよなく愛した競走馬もいる。競馬をはじめとするギャンブルとイギリス王室の歴史について、歴史作家の島崎晋氏が綴る。
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「チャールズ国王、女王が所有していた競走馬を売却へ」──これはファッション誌『VOGUE JAPAN』(10月18日配信)の見出しだが、同日、他のメディアもだいたい同じような見出し、同じような内容を配信した。名馬主としても知られたエリザベス女王から受け継いだ競走馬を、チャールズ国王が徐々に売却することを決めたという。国王は今後、競走馬関連事業を縮小していく方針だと伝えている。
イギリス国内での受け止め方は、(王制維持派と廃止派で違うだろうが)「やはり」という声と「もう始めるのか」という声がそれぞれ何割かを占めるのは間違いないだろう。
イギリス国王は本国以外に、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど世界14か国の国家元首も兼ねており、その総資産は他の伝統ある王室の比ではない。女王エリザベス 2世の個人資産だけで3億7000万ポンド(約620億円。英紙『サンデー・タイムズ』長者番付)とも、6憶ドル(約890億円。米誌の試算)とも言われている。
個人資産でこれなら、イギリス王室全体の資産はいったいどれほどになるのか。米誌『フォーブス』の「世界長者番付」は権力や支配的な地位によって富を所有する独裁者や王室を対象外としているが、仮に一度でも例外を認めてもらえれば、かなり上位を狙えるはずである。
女王の個人資産(多くは非公開)は、不動産の占める割合が高いことが知られる。ロンドン中心部の目抜き通りに面した土地を多く所有していたという。アートやジュエリーコレクションにも目を引かれるが、今回は女王が格別愛した競走馬たちの運命に注目したい。
前出の『VOGUE JAPAN』の記事によれば、女王が亡くなった時点で保有していた競走馬は37頭。その約3分の1が、今年10月中にニューマーケット競馬場のタッターソールズ・オークションに出される予定だという。
同誌は、さらに来年誕生予定の30頭の仔馬がいるが、「女王が育てた最後の血統」として高値で取り引きされるのは確実で、すでに何頭かは売却済みとする関係者の声も伝えている。