田代尚機のチャイナ・リサーチ

次のアリババ、テンセントはもう生まれない? 欧米投資家が懸念する中国の社会主義化加速

官製リスクマネー供給システムが抱えるリスク

 ただ、共産党も直接金融の発展を重視する方針は堅持しており、リスクマネーの重要性については十分理解している。

 今後は、欧米からの資金供給が減る分を中国系ベンチャーキャピタル、エンジェル投資家が補い、さらに、国内の金融機関を通じてベンチャーファンドの形で民間から資金を集めたり、国家部門が中心となって産業支援ファンドを組成し、それに国有商業銀行を参画させることでリスクマネーの供給を増やそうとするだろう。

 リスク要因として特に注意したい点は、民営企業の経営者が持っていたアニマルスピリットを十分活用できない可能性があるという点だ。

 これまでも、国家主導によるリスクマネーは供給されている。深セン証券取引所には創業板、上海証券取引所には科創板、さらには新三板(設立間もない新興企業の株式が相対で取引される店頭市場)企業の上場先として北京証券取引所が開設されており、新興企業向けの資本市場も整備されている。音声認識の分野で高い技術力を持つ科大訊飛(002230、深セン創業板)、監視システムでは中国本土に加えグローバルでも高いシェアを持つ杭州海康威視数字技術(002415、深セン創業板)、リチウム電池生産で世界最大手の寧徳時代(300750、上海科創板)など、有力イノベーション企業が上場してはいるが、それでもアリババ、テンセントなどが上場する香港市場と比べれば見劣りする。

 イノベーションの方向性については国家が示すことはできるし、効率よく資金を配分することもできるだろう。しかし、事業を成功させるためには経営者のやる気を極限まで引き出さなければならない。欧米型のような巨額な創業者利得を得ることのかなわない官製リスクマネー供給システムでそれが可能だろうか。

 また、社会主義建設の理想に燃えるエリートが経営する民営企業がダメだとは言わないが、ベンチャー事業を成功させるためには絶対に成功させるといった強靭な意思、ピンチにも動じない強靭なメンタル、目標に向かって突き進むアニマルスピリットに富む特別な能力を持つ人物が必要であり、そうした人物の中には既存の教育システムの中では上手く育たない人物も多い。たとえばアリババグループの創業者であるジャック・マー氏がそういった類の人物だろう。

 イノベーションにおいて、中国の社会主義、国家資本主義が勝つのか、それともやはり米国型の自由主義が勝つのか。それは、実際に経済を駆動させている人間の本質にかかっている。14億人もの人口を抱え、多様性に富む社会構造を持つ中国であれば、米国型に勝つ可能性もあるかもしれない。そう考えることができるのであれば、大きく下げた中国株市場には歴史的なチャンスが巡ってきていると捉えられるが、はたしてどうだろうか。

文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」(https://www.trade-trade.jp/blog/tashiro/)も発信中。

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