またアイチの会長室を訪ねると、モナコの国王とのツーショット写真が飾られていた。森下にその国王を紹介したのも、カルディーニだった。カルディーニは英国の銀行で投資顧問を務めるかたわら、「アスピナル」や「クレールモン」といったロンドンのメンズクラブに出入りしてきた。そこは王族や貴族が集う、まさに別世界だ。クラブはレストランはもとより、ダンスパーティ会場やカジノをそなえている。
森下はイタリア製のヘリコプターを購入したとき、このカルディーニと知り合った。そこから欧州貴族とのネットワークを広げた。その一人がマーク・サッチャーだったのである。
「あの日は森下家とマーク・サッチャーだけの夕食会でした。メンバーはマークと森下夫妻、それに3人の娘たち、通訳の私だけです。会場は森下邸の玄関から入って右手のダイニングルームでした。みながドレスアップして畏まり、派遣されたシェフの説明を受けながらフランス料理を味わいました」
新発田が続ける。
「あくまでお忍びなのでマーク・サッチャーにもボディガードがついていない。だから会長が田園調布署に特別に警備を頼んだのではないでしょうか。それこそ物々しかった。通訳した会話は、ごくありふれたたわいない話ばかりでしたね。『お母さんのマーガレット・サッチャーは元気ですか?』みたいな感じ。まるで映画のワンシーンを体験しているような不思議な感覚にとらわれました」
【プロフィール】
森功(もり・いさお)/ノンフィクション作家。1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。新潮社勤務などを経て2003年よりフリーに。2018年、『悪だくみ──「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。近著に『菅義偉の正体』『墜落「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』など。最新刊は『バブルの王様 森下安道 日本を操った地下金融』。