以上の言葉は「ウフドの戦い」という、預言者ムハンマド率いるメディナ軍とメッカ軍の戦いの直後に下されたものだ。当時、敵味方を識別できる標識が何もなかったことから、乱戦中に同士討ちが多発したため、過失致死の罰則に抜け道が設けられた。『コーラン』に記された文面はすべて預言者ムハンマドの口を借りて発せられた神の言葉という公式解釈があるため、後世、平時における過失致死にも賠償金による代替が適用されるようになった。
賠償金の相場は時代や地域によりまちまちだが、おおよその目安はラクダ100頭、牛なら200頭、羊なら2000頭で、被害者が女性の場合は半額になる。
「死刑」問うイラン映画は国内上映中止に
現在のイランでは、売買春や飲酒のような軽犯罪でも、三度重ねれば死刑。鞭打ちで済まされるうちに改悛すればよし、それができない者は情状酌量の余地なしということ。
サウジアラビアの死刑はいまだ斬首か石打ちで行われるが、イランの死刑は公開での絞首刑が一般的。被害者遺族の立ち合いが大原則で、2014年4月には、死刑執行直前に被害者の母親によって罪を許される出来事もあった。
母親は、「夢に私の息子が現れ、自分は安らかで良い場所にいると私に言った」「それからは親族が全員、私の母でさえも、犯人を許すよう圧力をかけてきた」ことから、加害者の頬を一度ひっぱたくだけで、罪を許すことにしたのだという(AFP通信2014年4月18日付〈息子を殺された母親、執行直前の死刑囚を免罪 イラン〉より)。
イランの人びとは、日本人とは比較にならないほど死刑制度を身近に感じている。近年のイラン映画にもその影響が顕著で、ドキュメンタリー映画『裁判官─4000人を死刑にした男─』(2017年制作)、『ウォーデン 消えた死刑囚』(2019年制作)、第70回ベルリン国際映画祭で金熊賞(作品賞)した『悪は存在せず』(2020年制作)、第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された『白い牛のバラッド』(2020年制作)など、死刑制度を取り上げた作品が毎年のように制作されている。『悪は存在せず』と『白い牛のバラッド』はイラン国内では上映禁止とされた。
イラン映画が問いかける「死刑制度」をめぐる問題は、法体系は異なるとはいえ、同じ死刑存置国である日本にとっても他人事ではない。
【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』など著書多数。近刊に『イッキにわかる! 国際情勢 もし世界が193人の学校だったら』などがある。