『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』など作品を生み出した漫画家の鳥山明さんが3月1日、急性硬膜下血腫のため亡くなった。68歳だった。広告代理店に3年勤めた後、1978年に『週刊少年ジャンプ』でデビューした鳥山さんは、漫画の地位を向上させた大功労者だった。
昭和の頃はまだ「漫画は子供が読むもの」という価値観も根強い時代だった。その枠を取り払い、漫画を老若男女楽しめる文化に育て上げた立役者の一人が、鳥山さんだったと言っても過言ではない。その凄さは“長者番付”にも現れていた。
「当時、日本には高額納税者公示制度があり、1982年までは“申告所得額”の1000万円以上が公示の対象となっていました。鳥山さんは『Dr.スランプ』が大ヒットした1981年、5億3924万円で文化人部門の1位になりました。この額は歌手1位の五木ひろしの1億987万円、俳優1位の黒柳徹子の1億9910万円を大きく上回っています。この年、五木さんは『港・ひとり唄』などがヒット、黒柳さんは自伝『窓ぎわのトットちゃん』が大ベストセラーになっています」(芸能記者)
当時の日本人なら誰もが知る2人よりも、鳥山さんの所得が大幅に上回っていた。長者番付の公示によって、漫画家に対する世間の見方が変わっていった面もあるだろう。
「それ以前も、漫画家は長者番付に名を連ねていました。1980年は藤本弘(藤子不二雄)さんが1億7191万円、安孫子素雄(藤子不二雄)さんが1億7135万円でした。1977年には水島新司さんが2億9167万円で文化人部門1位になっています。そうした中で1981年、鳥山さんが初めて5億円超えとなった。これは同年の高額所得者全体で35位となる金額でした」(前出・芸能記者)
翌年、鳥山さんの申告所得額は6億4745万円となり、文化人部門で2年連続1位。この年、歌手では矢沢永吉の9643万円、俳優では黒柳徹子の1億9815万円が1位だった。