高齢の親が実家じまいをする際に、子供が自宅近くに呼ぶ、あるいは同居を提案するケースは少なくない。中高年になってからの住環境の変化は、親子関係にも大きく影響する。
5年前、福岡県から70代の父親を神奈川県の自宅に呼んだ50代男性A氏が言う。
「母が死に、父も年老いてきたので、目の届くところに来てもらったほうがよいかなと、近居を提案したのですが……。住み慣れない土地での暮らしは思いのほかストレスだったようで、気分が落ち込むようになってしまった。
近くに知り合いがおらず、毎週のように地元に帰るので貯金がみるみる減り、認知症も進行しました。私も妻も介護に追われ、心身ともに疲れ果てましたね。徘徊もあったので付きっきりで看なければならず、仕事もひと月ほど休職しました。最期は誤嚥性肺炎で亡くなりました」
A氏の父親はもともと広い一軒家に住み、町内会などの会合にも積極的に参加していた。
自宅を手放すことにあまり乗り気ではなかったが、「良かれと思って呼び寄せたことが、結果的に父を不幸にしてしまった」とA氏は後悔の念を語る。
高齢者の訪問診療を行なう心越クリニック理事長でリハビリテーション科専門医の岩間洋亮医師が言う。
「『移転ストレス症候群』ともいい、生活環境が変わることが引き金となり健康を害する恐れがあります。住み慣れた土地との地縁が途切れることで外出が億劫になり、引きこもりやすい。動かないことで身体が弱って転倒、入院して認知症を患うといった悪循環に陥ることがあります。在宅介護は子供世代に負担が重く、かといって施設に入居すれば数百万円単位の費用がかかることも珍しくない」