ホテルや旅館が足りない地域や観光地で、自宅や空き家を活用して宿泊施設として使えるようにする「特区民泊」。導入している自治体は全国で8か所(東京都大田区、千葉県千葉市、新潟県新潟市、大阪府大阪市・八尾市・寝屋川市、福岡県北九州市)あり、自治体の審査が通ればゲストに部屋を貸せるようになる。超円安によるインバウンド特需によって民泊ビジネスも活況を呈しているが、現場では思わぬ事態も発生しているようだ。
特区民泊の認定居室数は大阪市が最も多く1万3022室(2024年4月30日現在)で、全国の約95.7%を占めている。2位が東京都大田区で462室。このほか大阪府下には62室あるが、千葉市は1室、新潟市は3室、北九州市は5室だけ。大阪に集中していることがよくわかる。在阪の全国紙経済部記者が言う。
「関空(関西国際空港)が開港し、格安航空会社が乗り入れた2011年頃から外国人観光客が増えた。2020年にコロナ禍で一時は消えたが、2023年に5類感染症に移行したことで再び外国人観光客が戻ってきた。今ではコロナ前より増え、人気スポットの黒門市場には1日に約2万4000人の外国人観光客が訪れている。2025年は大阪で万博が開催され、IR推進にも取り組んでいる。まだまだ増えると見られている」
マンションから次々と外国人観光客が
全国各地でオーバーツーリズム対策が行なわれるなか、大阪はさらなる外国人観光客を受け入れようというのだから、ホテルや旅館が足りなくなる。そのため民泊が集中するわけだ。
大阪市健康局生活衛生課によれば、「浪速区、中央区には民泊が多く、特に外国人観光客の人気スポットである難波や日本橋周辺に集中している」という。黒門市場や道頓堀の飲食店街、日本橋の電気街がある地域だ。
日本橋周辺を歩いてみると、大きなスーツケースを引っ張る外国人旅行者が行き交っている。両側に電気街が広がる幹線道路の堺筋から1本入った裏通りには住宅が集まっているが、細い路地から欧米人らしき親子連れが出てきた。出てきた路地の奥に行くと、「特区民泊」の張り紙がされた民家があった。周囲の老朽化した住宅のなかでひときわ目立つ真っ黒に塗られたお洒落な建物だ。
周辺には古いマンションも多く建っている。近くの飲食店店主によれば、「あの辺りのマンションから大きなスーツケースを持った男女が出て来るのをよく見る。まちがいなく民泊になんやろうが、外観からではわからんわな」という。
相次ぐ「管理会社変更のお知らせ」の張り紙
大阪市では認可している民泊の住所をホームページで公表しており、日本橋のある丁目には24か所もある。そのうちの1つのマンションに行ってみた。6階建てのマンションで1階部分は飲食店が入っている。外観は通常のマンションで、民泊とはわからない。
管理人室は不在のようだったが、集合ポストの一部には特区民泊のシールが貼られていた。そして、壁に「管理会社変更のお知らせ(2024年2月1日付)」の張り紙があった。ゴミステーションには、「民泊用」と張り紙がされた専用のごみ箱が置かれている。
別の6階建てのビルは、4階部分と6階部分が民泊。残りの階には企業が入居している。外観からはオフィスビルにしか見えないが、大阪市の公表するリストには民泊として掲載されており、このビルにも「管理会社変更のお知らせ」の張り紙がある。こちらの日付は2年半ほど前のものだった。
「管理会社変更のお知らせ」の張り紙は、一体何を意味しているのか。地元の不動産業者が説明してくれた。
「“令和の地上げ”みたいなことをやっているところがあるんですわ。賃貸マンションや賃貸ビルを中国系資本が買収。家賃を上げると通告するなどして、空き部屋にしたところを民泊にしてしまう。民泊になると中国をはじめとした外国人旅行客がたくさんやってくる。
民泊を利用する節約型のバジェット・トラベラーはマナーの悪い傾向があり、ゴミが散乱したり深夜の騒音を出したりなどで住民が迷惑するケースは少なくない。引っ越す住民が続出するから、最終的には全部を民泊にできる。そうなると、建物を取り壊すこともできるわけです。変更された管理会社というのが、民泊の運営から住人の交渉役もやる“専用業者”であることもあるんですわ」
「大阪らしい場所」が激変
歩いていると近隣の土地の買取を呼び掛ける看板や、民泊のためのホテル用地を取得中であるとの看板なども掲げられていた。現地が民泊バブルに沸いていることがよくわかる。住民のひとりは、「この辺りは道路の先に通天閣が見え、電気街、黒門市場も近くて大阪らしい場所だったんやけどな」と呟いた。
マンションや民家が民泊になっていくなか、一部でトラブルが起きていることについて、大阪市経済戦略局観光課に聞くとこう回答した。
「中国資本がオーナーになることで社会問題になっているとなれば、国が法律を変えていかないといけない問題で、大阪市の条例だけで対応できない。民泊に関してはコロナ禍前には各地でトラブルもあったが、かなり減ったとは聞いています。当初はホテルの数が足りなくて民泊、という流れがあったが、ホテル数も増えていますからね。家賃の不当値上げなどの問題については、すべての原因が民泊なのかというとわからないですからね」
1ドル160円という超円安が続くなか、民泊バブルはまだまだ勢いを増しそうだが、現場への影響は、インバウンド特需によるプラスの効果だけではなさそうだ。