飲食料品の安全性に国民の厳しい目が向けられている。3月に発覚した小林製薬の「紅麹」サプリメントによる健康被害に加え、発がん性などが指摘される有機フッ素化合物「PFAS」による飲み水の汚染が各地で明らかになった。しかし、これらの問題は氷山の一角だ。
今やコメと並ぶ“日本人の主食”になったパンには、「人体に有害」として世界各国が規制に動いた成分「トランス脂肪酸」が含まれたまま、パッケージに表示されることもなく売られている。
週刊ポストはこの実態を独自調査。製パン大手が発売する「トランス脂肪酸」を含む食パン&菓子パン全204商品をリスト化した。【前後編の前編。後編を読む】
指摘される健康への悪影響
欧米諸国に比べて日本の食品安全規制は遅れが目立つ──そんな実態を明かすのは、米ボストン在住の大西睦子医師(内科医)だ。
「たとえばWHOのがん専門組織が発がん性を警告し、乳児・胎児の発育低下のリスクも指摘される『PFAS』は、アメリカ環境保護局(EPA)が今年4月、水道水1リットル当たりの基準値を4ナノグラムに定めました。一方、日本の基準では1リットル当たりの暫定目標値が50ナノグラムとされており、4年前から更新されていません。PFASに限らず、日本の基準が緩いケースは散見されます」
とりわけ、専門家から成分規制について疑問の声があがっているのが、「トランス脂肪酸」である。
トランス脂肪酸は、主にパンやスナック菓子、即席麺などに含まれ、それらの食品の製造過程において液体状の植物油などを加工する際に生成される。食用油の研究を専門とする慶應大学医学部の井上浩義教授が解説する。
「植物油は、バターなどの動物性の油に比べて安価なため、パンをはじめ食品製造に広く用いられますが、液状のままでは酸化しやすい。そこで植物油に水素を添加して固形の油脂にすることで日持ちさせるのですが、水素が添加された油は『部分水素添加油脂』と呼ばれ、トランス脂肪酸を生み出します」
トランス脂肪酸は1990年代以降、健康への悪影響が指摘されてきた。
1993年に発表された米ハーバード大学の研究では、トランス脂肪酸の摂取量が最も高いグループが最も低いグループに比べて「心疾患」のリスクが50%高くなったとの結果が示された。前出・大西医師が解説する。
「心疾患とは心筋梗塞や狭心症、不整脈などの心臓に起こる病気です。研究では、トランス脂肪酸が血中の悪玉コレステロールを増やし、善玉コレステロールを減少させることで引き起こされると結論づけられました」
2019年には九州大学などの研究グループが、血中のトランス脂肪酸濃度の上昇が「認知症」の発症と有意に関連するとの研究結果を発表した。
「トランス脂肪酸と『がん』の関連を調べる研究も進められています。2012年のベルギーの研究者らによる報告で、トランス脂肪酸の大量摂取によって前立腺がん、大腸がんのリスクが高まると指摘されました。2021年発表のフランスの研究では、乳がんのリスクが増加する可能性が示されました。このほか、脳卒中の発症との関連も指摘されています」(大西医師)