“小売業界の巨人”セブン&アイ・ホールディングス(HD)が揺れている。外資による買収提案を受け、祖業であるスーパー事業などを分離すると発表した。イトーヨーカ堂やロフト、デニーズなど非コンビニ部門を分離し、新たな中間持ち株会社「ヨーク・ホールディングス(HD)」の下に置くこととなる。2025年度には、ヨークHDの大半の株式を売却するための外部企業の選定作業を進める計画だ。
ヨークHDの代表取締役会長に就任するのは、創業家出身の伊藤順朗氏(66)。コンビニ事業で同社を急成長させながら退任の道を選んだ鈴木敏文前会長(91)の胸中は──。【前後編の後編。前編から読む】
“大政奉還”は消えたのか
(以下、「【図解】創業家と歴代トップ相関図」と共に解説)
創業者である伊藤雅俊氏の次男・順朗氏は1990年にセブン-イレブン・ジャパンに入社し、現在はセブン&アイHDの代表取締役副社長を務めている。66歳という年齢だが、「数年以内に現社長の井阪隆一氏から創業家への“大政奉還”で社長となる可能性がある」(全国紙記者)と見られてきた。
その順朗氏が“赤字事業”を抱える新たな中間持ち株会社「ヨークHD」の会長に据えられたのは、コンビニ事業主体となるセブン&アイから離れ、将来的なイトーヨーカ堂売却に向けた役割を任うためだとの見方がある。『経済界』編集局長の関慎夫氏が言う。
「ヨークHDには外部のファンドなどから出資を受けて『上場』を目指す方法もあれば、『伊藤家によるMBO(経営陣による買収)』を実行し、“伊藤家の事業”として再スタートを切る可能性もある。いずれにせよ、“本体”だったセブン&アイHDとの関係は薄れる。今回、本体の社名から『アイ』を外す決断をしたことも無関係ではないはず。アイは『愛』や『イノベーション』が由来とされているが、イトーヨーカドー、つまり伊藤の頭文字ともいわれてきた。
ただし、伊藤家は本体の大株主でもある。順朗氏は今後、ヨークHDで創業家としてトップを務める傍ら、本体では大株主として取締役に残るのではないか」
同社に順朗氏の今後の立場について聞くと、「ヨークHDの会長とセブン&アイHDの副社長を兼任」(広報センター)と回答。順朗氏がセブン&アイHDの社長に就く可能性については、「現時点において公表しているもの以外は決まっているものはございません」とした。
ヨークHDで順朗氏を支える可能性があるのが、同氏の兄の息子でイトーヨーカ堂取締役の伊藤弘雅氏だ。
まだ40代で、ヨーカドー改革を現場で指揮する商品本部長としてメディアへの露出も増えている。今年5月に登場した惣菜の新ブランド「ヨーク・デリ」のお披露目や、同店の売り場と広告を連動させる「リテール・メディア」プロジェクトの責任者として取材に応じた。
元証券アナリストの投資家・鈴木孝之氏が言う。
「弘雅氏は、不採算事業が多いヨークHDにあって2024年2月期の決算で191億円の営業利益をあげた食品スーパーの『ヨークベニマル』の現場も経験した人物。ヨークHDでどのような役割を任うかに注目が集まります」
伊藤家がヨークHDに集まって、祖業に集中する体制になるとも見られているのだ。
コンビニ事業も不調
事業再編に踏み出したが、足元では大黒柱のコンビニ事業が伸び悩む課題にも直面している。
「2024年3~5月期の連結決算で、セブン&アイHDは純利益が前年同期比49%減の213億円でした。なかでも営業収益の7割を占める海外コンビニ事業が同79%減と大苦戦。国内コンビニの利益も同4%減となった。競合するローソンやファミリーマートが同期間の売上高を前年より増やしたのと対照的です」(関氏)
コンビニ事業で言えばセブン&アイHDの“もう一人のカリスマ創業者”と呼ばれる鈴木敏文氏の存在がある。セブン-イレブン・ジャパンを立ち上げた鈴木氏は「コンビニの父」と称され、1992年に伊藤雅俊氏からグループの経営を託された、「中興の祖」だ。
2005年のセブン&アイHD設立後は会長兼CEOを務め、2015年には次男の康弘氏をHDの取締役に据える人事を行なうなどしたが、2016年5月、取締役会で自身の人事案が否決されたことを機に退き、名誉顧問となった。
同社や創業家が岐路に立つなか、カリスマは何を考えているのか。ヨークHD立ち上げの翌日、鈴木氏を直撃すると、
「(カナダ外資の買収に関して)全然知らない、タッチしていないからね」
とするのみで、他の問いにも、「全然知らないんですよ、すみませんね」と言葉少なだった。
昨年7月、伊藤雅俊氏「お別れの会」の弔辞で鈴木氏は「あなたが生み出した事業を通じて育まれた商売の遺伝子は、これからも新たな器に出会い、広がっていくことでしょう」と語りかけた。
同社の「新たな器」はどのような姿になるのか。
(前編から読む)
※週刊ポスト2024年11月1日号