今回のアメリカ大統領選では、米国の先端企業が集まる「シリコンバレー」を分断するマネーゲーム選挙戦が展開された。
シリコンバレーの経営者は伝統的にリベラルな価値観をもとに民主党支持が多かったが、テスラやX(旧ツイッター)を率いる世界一の富豪(資産約41兆円)のイーロン・マスク氏がトランプ支持を打ち出し、選挙戦に巨額の資金を投入した。
米国情勢に詳しいジャーナリスト・中岡望氏がその凄まじさを語る。
「米国の政治資金法では個人が1人の候補に献金できる上限は3300ドル(約50万円)に制限されていますが、スーパーPAC(政治活動委員会)という団体を通せば無制限に献金できます。マスク氏はトランプ氏に直接献金するのではなく、まず自分のPACに巨額の資金を寄附し、その団体で人を雇ってトランプを支援する活動を行ないました」
現地メディアはマスク氏が自分のPACに約180億円以上を注ぎ込み、トランプ氏の主張を支持する請願書に署名した有権者から毎日1人を選んで100万ドル(約1億5000万円)の報奨金を出す運動を展開したことを報じている。
「マスク氏はもともと民主党支持だったが、バイデン政権がEV(電気自動車)や暗号資産等への規制を強化し、コロナ禍でテスラの工場を閉鎖させたことから“バイデン憎し”でトランプ支持に回ったとされている。
トランプ支持者の間では、『民主党が移民を流入させて民主党支持者を増やしており、このままでは米国は違法移民に埋め尽くされてしまい、非白人社会になっていく』という考えが広がっていて、マスク氏もこの“陰謀論”に乗っているようです」(中岡氏)
一方、シリコンバレーで民主党支持を打ち出す代表格はマイクロソフト創業者で資産約15兆円のビル・ゲイツ氏だ。ハリス氏を支援する団体にポンと5000万ドル(約76億円)を寄附し、バイデン政権による気候変動への取り組みも称賛している。民主党支持の他の富豪たちからの献金額を合わせるとハリス氏が集めた資金はトランプ氏を上回る。
「シリコンバレーの億万長者は3つのタイプに分けられます。ゲイツ氏は、経済や福祉には国がある程度大きな役割を果たすべきだという理念を持つ伝統的なリベラルでの立場で多数派です。それに対してオンライン決済サービスのペイパル共同創業者であるピーター・ティール氏などは政府の介入を否定し、新しい産業は自由競争で発展していくべきだと考えている伝統的保守派。
一方、マスク氏は同じ共和党支持でも、トランプ氏が勝利すれば政権に影響力を持ち、自分のビジネスの利益になるような規制撤廃や税制優遇の政策を取らせることができるという政治的野心もあると見られてきました」(同前)
そんなマスク氏の行動に対してはテスラの株主たちから「CEOの右翼的な発言でテスラのブランドイメージが低下した」「テスラを政治に巻き込んで私たちの株を暴落させるのはやめてくれ」といった批判もあがっている。
テスラの牙城が崩れた
だが、マスク氏が選挙に熱中している間に、テスラの業績に翳りが見えてきた。
自動車業界に詳しい経済ジャーナリスト・福田俊之氏が語る。
「これまでEVはテスラの独壇場で市場を席巻してきたが、世界的にEV市況が鈍化し、中国メーカーも台頭してきた。昨年の第4四半期のEV世界販売台数では中国のBYDが首位となり、ついにテスラの牙城が崩れたのです」
そのことはEVで出遅れた日本の自動車メーカーにとって好機だとも見られている。福田氏が続ける。
「米国ではEVの需要が落ちつき、日本メーカーが強いハイブリッド(HV)の評価が高まっている。燃費が良く、環境負荷も低いし、EVと違って充電に時間がかからないといった利点があるからです。すでに米国市場はHVの販売台数がEVを再逆転した。
日本メーカーにはテスラや中国が先行したEV市場が頭打ちになっている間に、HVで稼ぎながら、次世代の車を生み出す時間的猶予ができたわけです。各メーカーは効率の良い全固体電池の開発に力を入れているし、とくにトヨタはEVや燃料電池車、水素エンジンなど多角的に次世代車の開発を進めている。いまは次世代車で一気に市場の先頭に立つ千載一遇のチャンスといえるでしょう」
この大統領選が日本自動車メーカーの逆襲の始まりとなる可能性もある。
※週刊ポスト2024年11月22日号