「あれっ、こんな商品が出たんだ」──コンビニやスーパーのビール売り場で違和感を覚えた人も多いのではないか。大手ビール各社は相次いで新商品を投入し、王者であるアサヒ・スーパードライに迫ろうとしている。「発泡酒」や「第3のビール」でなく、値段の高いビールで勝負を仕掛ける思惑とは。【前後編の前編】
新商品で“棚を獲れ!”
〈JR東日本のエキナカコンビニ、ニューデイズ様にて、10/1よりサン生が新規定番獲得!〉
10月某日、そう書かれたメールが大手飲料メーカー・サントリーの全社員に送られたという──。
JR東日本の駅に出店するコンビニ「ニューデイズ」のビール売り場で10月、“ある変化”が生じた。アサヒ「スーパードライ」、キリン「一番搾り」、サッポロ「黒ラベル」などの看板商品に並び、銀色の缶に青字が配された「サントリー生ビール(サン生)」が定番商品として陳列され始めたのだ。サントリーの40代男性社員が言う。
「『ニューデイズ』の青森から静岡までの全店で、10月1日からサン生350ml缶が『新規定番』となったことが、ビール事業部以外の部署も含む全社員にメールで知らされました。発売から約1年半、営業部隊が地道な交渉を続けてやっと棚を獲得したようです。
メールでは来年4月にやってくる改廃(入れ替え時期)に向けて、『10月から1月までのPOS状況(販売・在庫状況)によって採用継続が決まる』『皆さまのお力もお借りして勝ち取りたい』と定番維持のための“応援要請”が呼びかけられた」
今、ビール業界では大手4社による熾烈な“陣取り合戦”が激しさを増している。背景にあるのが2020年10月から段階的に進むビール類の「酒税改正」だ。ビール業界に詳しい経済ジャーナリストの永井隆氏が解説する。
「『安くてうまい』と消費者に支持されてきた“第3のビール(新ジャンル)”の税率引き上げと、ビールの税率引き下げが行なわれ、両者の価格差が小さくなりました。消費者も、発泡酒や新ジャンルから元のビールに回帰する動きがあり、メーカー側もそれに応じて新たな定番ビールを発売する動きを見せています」
「ビール減税」で受ける影響は、社により異なる。経済ジャーナリストの河野圭祐氏が言う。
「減税の追い風はアサヒとサッポロに強く吹いています。両社は昔からある『狭義のビール』の売上比率が高く、発泡酒や第3のビールが多いキリンやサントリーに比べて減税の恩恵を受けやすい構造と言えます」
特にアサヒには、売上ナンバー1の「スーパードライ」がある。そんな王者アサヒに対して、サントリーとキリンは新商品で攻勢をかけている。
新しい「宣伝活動」のかたち
冒頭のサントリー「サン生」は新たな定番となることを狙って、昨年4月に大々的に発売された。
3兆円近いグループ売上高を誇るサントリーだが、ビール類では3番手に甘んじ、特に210円前後の価格帯(350ml缶)で他社の後塵を拝してきた経緯がある。
「2003年発売のザ・プレミアム・モルツは高価格帯でヒットしたが、スーパードライや一番搾りなど、他社の主力が集まる『中価格帯(スタンダードビール)』での成功はサントリーの悲願でもある。
2015年にリニューアルしたザ・モルツを昨年3月に製造中止とする決断を下し、サン生に懸けています。『金麦』など第3のビールが強いサントリーは正念場。特定のビールが定着していない若年層に受け入れてもらうことを最優先にして、すっきり系のサン生が誕生したとされます」(河野氏)
20~40代の若者に照準を絞り、苦味を抑えたライトな飲み口を意識して開発されたサン生。加えて、店頭想定価格を他社の同ジャンル品より約10円安く設定したことも、物価高のなか好意的に受け入れられたようだ。
サントリーは社運を懸けたビールを定着させるべく、様々な取り組みを進めている。
「20~35歳の従業員を対象に、サン生を『10本贈ろう』という社内キャンペーンを実施しています。応募した社員は、会社側の費用で友人や知人にギフトとしてサン生を贈れる。若い世代にサン生のファンをどんどん増やそうという取り組みです」(前出・サントリー社員)
全社的な取り組みの甲斐もあって、発売初年に目標の1.3倍となる399万ケースを売り上げ、2024年は600万ケースを目指す。発売から1年半が経つが、冒頭で紹介したように市場での存在感をじわじわ高めている。
(後編に続く)
※週刊ポスト2024年11月22日号