お酒はいつ飲んでもいいものだが、昼から飲むお酒にはまた格別の味わいがある――。ライター・作家の大竹聡氏が、昼飲みの魅力と醍醐味を綴る連載コラム「昼酒御免!」。今回は新年早々、「飲み始め」のために町中華の名店にかけこんだ。【連載第7回】
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正月は朝酒、昼酒、宵酒、夜更け酒と、酒三昧の日々を送ったご仁も多かろうとお察しいたします。かく言う私は常日頃より日夜ぶっ通しでうっすら酔っているという、まことにお気楽な馬鹿者ですが、珍しく年末にひいた風邪が長引きまして、実にどうも、おとなしい正月を迎えた次第にございます。
とはいえ、元日には、昼前に起き出すとすぐに寿司屋へ走った。頼んでおいた折りを引き取り、「おめでとう」、「ありがとう」と、誰にともかく礼を言って傾けるは元旦酒。まことにのびのびと昼酒を楽しみ、夕刻からはお節に雑煮をつまみに冷や酒をクイクイと飲む。
思えば12月30日には、鼻水、咳、痰が治らず競輪グランプリもネットで車券を購入する弱りぶりであったのに、なんとか年を越せた貧乏所主人は、新年を無事迎えられたことがよほど嬉しかったか、還暦の後厄も明けた正月元旦、すっかり元気になっていた。万事、気持ちの持ちようなんですな。
世間では、6日まで正月休み、そんな会社もあったと聞く。つまり、7日が新年の仕事の開始日だ。そこで私と飲み友ケンちゃんによる昼酒御免のこの企画も、正月7日を初日とすることとあいなった。
出向いたのは、ケンちゃんの会社のお膝元、神保町である。しかも、社屋の目の前にある「三幸園」である。
神保町は言わずと知れた本の街。出版社、取次店、新刊書店、古書店がずらりと並ぶ。私も、最初の就職口は出版社だったし、30歳からフリーのもの書き稼業だったから、この街とのお付き合いは40年を超える。
しかし、不思議なことに、神保町でさんざん飲んだ、という記憶はあまりない。かつて好きだった店は、すずらん通りから1本入った路地の「あまみ」という定食屋だった。注文は天ぷら定食のみ。最初に入ったときに頼んだら、揚げたてでボリュームたっぷりの天ぷらが出て記憶に残ったので、ついに他のものを頼まなかったのだ。広告取りの営業で外回りをしていた時代のことで、いつも腹を減らしていたから、神保町に昼時に寄れる日は、「あまみ」で天ぷら定食を食べるのを何よりの楽しみにしていた。今、調べたところ、2004年に閉店したとある。20年以上経っても記憶に新しい店なのだ。今思えば、あの天ぷらで、ビールの1本も飲みたかった。