値上げラッシュが家計を直撃するなか、肝心の収入が増えなければ日本人の貧困化はどんどん進み、大多数だったはずの中間層までもが貧困層に陥る「一億総下流社会」に突入してしまう──経済ジャーナリストの須田慎一郎氏は、新刊『一億総下流社会』(MdN新書)でそう訴える。須田氏が「貧しい国ニッポン」の実態をあぶり出す。【前後編の前編】
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東京の下町、JR山手線の日暮里駅東口から徒歩3分ほどの路地裏に、地元では人気の立ち食いそば屋がある。24時間営業で、年始お盆以外は年中無休。何より安い。かけそば(普通)が230円で、他の店なら一人前近い量の「小盛り」はなんと120円。極太でコシの強い名物の「太蕎麦」も普通が280円で、小盛りは150円。トッピングも「ジャンボゲソ天」が170円、器を覆うほどの「ジャンボかき揚げ」が200円などと激安ぶりが目を引く。それゆえ、昼時ともなれば行列が絶えない、知る人ぞ知る人気店となっている。
そんな“庶民の心強い味方”である同店も、世界情勢とは無縁ではない。いまでもこれだけ安いのだが、実は2021年末に、全商品一律10円の値上げをしていたのだ。コロナ禍で世界的なサプライチェーン(供給網)が混乱し、麺類の原料となる小麦粉や食用油などの値上げが止まらず、そばの値上げに踏み切らざるを得なかったという。
人によっては「たった10円」ととらえられるかもしれないが、その「10円」が重くのしかかる人もいる。
筆者の知人に、このそば屋の常連客がいる。彼は一度目の結婚に失敗して、転職も重なったことで給料もさほどもらえないなか、養育費の負担などもあり、ぎりぎりの生活をしている。そんな彼のささやかな楽しみが、休日に早起きして、このそば屋で食べることだった。彼はこういう。
「よく顔を合わせるじいさんがいたんだけど、値上げ後に『最近、あのじいさん、見ないね』と店員に聞いたら、『値上げしたら来なくなっちゃったみたいです』というんだよ」
年恰好を考えると、常連客だった高齢者はおそらく年金生活者なのだろう。公的年金の支給額は現役世代の所得に応じて変動するため、日本のサラリーマンの給料が上がらなければ減額されてしまう。実際、年金は今年4月から0.4%減額され、今後も目減りは必至とされている。
そうした状況下では、「たった10円」とはいかない。この常連客にしてみれば「10円も値上げされたら、もう食べに行けない」という判断にならざるを得ないだろう。いくら自分が食べたいと思っても、年金収入が今後も減っていくことがわかっているから、どうしても計画的に使わないとならない。そば一杯10円の値上げなら10杯で100円になるという計算をしてしまうと、手を出せなくなってしまうのかもしれない。