年金は原則として「65歳受給開始」だが、額が減らされる代わりに早く受け取れる「繰り上げ受給」と、受給開始を遅らせて増額される「繰り下げ受給」がある。
2022年4月に制度改正があり、繰り上げは1か月早めることの減額率が0.5%から0.4%に緩和された(注:1962年4月2日以降に生まれた人が対象)。最大60歳まで受給開始を早めた場合は24%の減額となる。一方の繰り下げは、それまで最大70歳までだったのが、75歳まで繰り下げられる仕組みへと変わった。1か月の繰り下げで0.7%増額になるので、75歳なら84%増となる。
これまでは受給開始を早める「繰り上げ」を選ぶ人のほうが多かった。年金博士こと社会保険労務士の北村庄吾氏が言う。
「『厚生年金保険・国民年金事業年報(令和2年度)』によると老齢基礎年金の繰り上げ受給を選んだ人が全体の26.1%(164.5万人)に対し、繰り下げ受給者は全体の1.8%(11.3万人)だけ。“将来、年金が大幅に減らされるのでは”といった制度への不安があるからでしょう」
繰り上げと繰り下げは一長一短で、早くに亡くなれば繰り上げのほうが受給総額は多くなるが、長生きすれば繰り下げのほうが多く年金を受け取れる。自分が何歳で死ぬかは誰にもわからないので、難しい選択となる。
ただ、受給額の違いは非常に大きくなる。日本年金機構のモデル世帯(令和5年度)では、40年就業した夫の年金が月額約15.8万円、専業主婦の妻が同約6.6万円と設定されている。夫の年金を60歳まで繰り上げれば月額約12万円まで減り、75歳まで繰り下げれば約29万円へと増える。
「健康寿命(男性は72.68歳)を考えて活動的でいられる60代のうちに年金を多く受け取るという考え方もありますが、『人生100年時代』といわれる長寿社会ですから、繰り下げも有力な選択肢だと思います」(北村氏)
100歳まで生きた場合、前述のモデル世帯の夫の受給総額は60歳繰り上げなら約5763万円なのに対し、75歳繰り下げなら約8721万円。3000万円近い大差が生じる。夫婦フルタイム共働きの世帯が2人とも100歳まで生きるというケースなら、60歳繰り上げか75歳繰り下げかで受給総額が約6000万円も違ってくるのだ。