3月8日、東京・六本木の高級クラブで、漫画家・弘兼憲史氏の主催により、ある激励会が開催された。旅立つ人物は弘兼氏と同郷でかねてから親交のある旭酒造(山口県岩国市)の桜井博志・会長。ニューヨークで「獺祭(だっさい)」を醸すため、72歳にしてアメリカへ移住することを決断したのだ。
日本酒「獺祭」で知られる旭酒造は今春、米ニューヨーク州に新たな酒蔵を完成させた。アメリカ進出にかける意気込みを桜井会長はこう語る。
「日本酒業界の海外進出でいえば私らは後発組です。もっと早くからやっていた蔵元、資金的に潤沢だった蔵元、語学に堪能な社長・会長のいる蔵元もいっぱいあったわけですけど、やはり本気じゃなかった。うちには海外に酒を売っていこうという本気がある。本気でやる気がなかったら、成功しないと思います」(桜井会長・以下同)
投資額30億円が80億円に
旭酒造は、それまで少量生産の高付加価値な酒だった「山田錦の純米大吟醸酒」を大量生産するという、それまで誰もやらなかった戦略で大成功を収めた会社である。昨今は社員の「賃上げ」でも話題を集めている。
日本で確固たる地位を築いた「獺祭」だが、ブームは海外にも飛び火している。コロナ禍にもかかわらず同社の2022年の売上高は過去最高の165億円に達したが、そのうち70億円(43%)が海外への輸出だ。
「中国を中心にアジアの伸びがすごい。中国向けは瞬間風速ですが、貿易統計を見ると日本酒の輸入金額の7割が『獺祭』だった時期があります。ここ半年ほどは韓国向けが非常に伸びています」
アメリカへの輸出は輸出額の1割程度を占め、決して少ないわけではない。輸出するのと現地で生産するのとでは大違いで、現在の円安の状況から言えば日本で造って輸出した方が得だ。
それなのになぜ、現地に酒蔵を建てて生産しようとしているのか。