親から子へと財産が受け継がれていく際に、主に2つのやり方がある。ひとつは親が生きているうちの「贈与」であり、もうひとつは親が亡くなった後の「相続」だ。預貯金や不動産、有価証券など資産の種類や、家族が置かれた状況などによって、贈与と相続のどちらのメリットが大きいかは変わってくる。しかし、考えた末に出した結論に思わぬ“落とし穴”が存在することもある。
夫に先立たれた80代の女性Aさんには、2人の息子がいた。夫が亡くなる前の介護にも熱心だったのが長男のBさんで、独り身になって不安や寂しさを抱えるAさんのところにも気を遣ってよく顔を出してくれていた。一方の次男のCさんは、仕事が忙しいなどと言っては、年を追うごとに実家と疎遠になっていった。
Aさんは自身の財産のうちの大きな部分を占める「自宅」の不動産は、長男のBさんに受け継いでもらいたいと考えるようになった。自分が死んだ後ではどうなるかわからないからと、生きているうちに自宅の土地・建物を長男のBさんに生前贈与した。残りの財産となる預貯金は、BさんとCさんで等分してもらえばいい――そんなふうに安心して、数年後にAさんは息を引き取った。
しかし、Aさんの死後、長男のBさんは思わぬ事態に直面する。母親が生きているうちに自宅が贈与されていたことを知った次男のCさんが、「特別受益の持ち戻し」を主張したのだ。弁護士も交えた遺産分割協議の結果、母の預貯金は大半をCさんが相続することになってしまったのだという。
なぜ、相続は母・Aさんの思ったように進まなかったのか。相続に詳しい税理士法人レディング代表の木下勇人氏が解説する。
「不動産の場合、生前贈与をすると相続時であれば必要のない不動産取得税を納める必要があったり、登録免許税も相続時より高くなるなどのデメリットがあります。一方で、生前贈与であれば、親が不動産を譲る相手や譲るタイミングを決定できるメリットがある。Aさんのケースでは、そのメリットの部分に着目したわけですが、完全に望み通りにはいかなかったかたちです。
たしかに、贈与は相対で行なわれるものなので、母から長男への贈与に次男が不満を持っても、その時点で入っていく余地はありません。ただし、次男にとっては公平な相続にはならないので、それを解消するために民法には『特別受益の持ち戻し』という考え方が存在するのです」