日本の酪農に危機が迫っている──。飼料高騰と「牛乳余り」が直撃し、多数の酪農家が赤字に転落しているという。いったい、なぜこんなことが起こっているのか。農業経済学の専門家で、著書『世界で最初に飢えるのは日本』が話題の東京大学大学院農学生命科学研究科教授・鈴木宣弘氏が、日本の酪農業が直面する苦境と、それを生んだ政府の取り組みについて解説する。
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世界的なインフレで肥料や飼料が高騰しているが、国内では政策的な増産誘導が作り出した「牛乳余り」で売れない。結果、飼料高騰を酪農家がすべてかぶることになり、その経営がピンチに陥っている。連鎖倒産の危機もささやれている。このままでは日本の酪農業が壊滅してしまうかもしれないほどの危機感を覚える。
特に、国の増産要請に応えてきた、規模の大きい真面目な酪農家ほどピンチに陥っている。最新の調査では全国の98%、つまり、ほぼ産業全体が赤字で、いつまでもつか分からないとも言う。筆者のもとには数人の酪農家の方が自から命を絶たれたという傷ましい話も入ってきた。限界を超えている。
「牛乳余り」は明らかな人災
昨年来の食料高騰はウクライナ戦争と、世界的なインフレ、円安によって引き起こされた。どれも天変地異のような不可避な事件ではない。人為的な要因で起こったものだ。
そして、目下、日本中の酪農家を苦しめている「牛乳余り」も、明らかな人災である。
近年、日本の酪農業は、むしろ「牛乳不足」の状況にあった。都府県における生産減少が続く一方、北海道での増産によって、生乳の供給をなんとか維持してきたのである。
「牛乳不足」をなんとかしようと、農水省は「畜産クラスター事業」を始め、酪農の生産性向上と、供給量の増加を図る。
「畜産クラスター事業」とは、酪農・畜産の設備や牛の頭数を大幅に増やすことを条件に、補助金を交付する事業のことだ。機械や設備の導入時の本体価格(税抜)の2分の1を補助金として援助するが、酪農家は多額の借金もかかえた。
この「畜産クラスター事業」によって、生乳の生産量は伸びた。そこまではよかった。
しかし、2020年に発生したコロナ禍により、事情が一変する。外出自粛によって外食産業での需要が減り、乳業メーカーの乳製品在庫が積みあがってしまった。
2021年になると、学校給食が止まる冬休み期間に、生乳の処理能力がパンクし、大量の生乳が廃棄される懸念すら生じた。政府が「牛乳を飲もう」と呼びかけ、関係者が全力で牛乳需要の「創出」に奔走した結果、なんとか大量廃棄は回避できた。