ところが、香奈とアズニーの“相思相愛”の関係は、ここから大きく動き出す。アズニーからこんな用件を持ちかけられたからだ。
「香水や化粧品などのプレゼントをたくさん購入した。日本に送りたいのだけど、搬送料を支払う時間がなく、出張に出てしまったんだ。立て替えてくれないか」
香奈は少し違和感を覚えたものの、すでに何度もLINE通話を繰り返していたため、彼の愛情は疑っていなかった。
その上、盲目の恋に落ちていたアズニーに間もなく会えるという期待感も相まって、搬送費用約60万円を分割で支払ってしまう。すると今度は、出張現場のネット環境が劣悪なため、iTunesカードを送ってほしいとの要求も立て続けに入る。
香奈はそのたびに、指定された口座に送金を続けた。要求に応えたのは、もうすぐ来日するという彼の言葉を信じたからだ。
しかし、そんな夢見心地な日々は突然、あっけなく終わった。一向に来日しないアズニーに問い合わせのメッセージを送っても、既読にならない。1週間が経ち、騙されたと気づいた時には、後の祭りだった。
「振り返ればおかしいと思う部分はたくさんあったんですけど……」
アズニーとのLINEでの連絡は完全に途絶えてしまい、その正体は不明のままだ。被害者たちがやり取りをしている「真犯人」とは一体、何者なのか──。
香奈が残していたアズニーとのやり取りの記録には、国際ロマンス詐欺犯の実態に迫るヒントが隠されていた。
(後編に続く)
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/1975年、三重県生まれ。ノンフィクションライター。上智大学外国語学部卒。新聞記者やカメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを拠点に活動し、現在は東京。2011年、『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。2022年3月下旬から5月上旬にはウクライナで戦地を取材した。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。
※週刊ポスト2023年6月9・16日号