SNSやマッチングアプリで別人になりすまし、恋愛感情を抱かせて金銭を騙し取る「国際ロマンス詐欺」。その被害者である37歳の香奈(仮名)は、ネット上で出会った「アズニー」と名乗る人物に総額360万円を騙し取られた。アズニーの素性を辿ると、ロマンス詐欺犯の実態に迫るヒントが隠されていた。被害者と加害者の双方に取材するノンフィクションライターの水谷竹秀氏がレポートする。【前後編の後編。前編を読む】
“愛の囁き”に「例文」あり
わらにもすがる思いで、香奈がアズニーのプロフィール写真をネットで検索したところ、バンコク在住のインフルエンサーの写真と一致した。私がLINE通話の録画データを見ると、話している言葉と口の動きが噛み合っていなかった。
つまり、真犯人はインフルエンサーが投稿した動画や写真を「悪用」し、実在しない「アズニー」になりすましていたのだ。香奈はそのインフルエンサーを知らず、慣れない英会話で口の動きの不一致に気づかなかったため、なりすましを見抜くことができなかったのだ。
さらに重要なのは、アズニーが話す英語の発音が「アフリカ訛り」だったことだ。
この事実を確認できた意味は大きい。国際ロマンス詐欺に関する報道を見ると、逮捕者は西アフリカのナイジェリアとガーナに集中している。アズニーの訛りは、その事実と符合するのだ。このほかマレーシアやタイなどの東南アジア域内、あるいは米英でも逮捕者が相次いでいるが、私が確認した範囲ではいずれも西アフリカの出身者だ。最近では中国人や日本人が摘発されたケースもあり、グローバルに展開されているが、西アフリカは大きな拠点とみられる。
彼らの実像にもっと迫れないだろうか。
私は今年2月下旬、ナイジェリア最大都市のラゴスへ飛んだ。現地で突き止めた彼らの正体については拙著『ルポ 国際ロマンス詐欺』に詳述したが、犯人は手口の一つ一つに明確な意図を持っていた。
たとえば「息子は元気かい?」と香奈が頻繁に尋ねられた手口について、ある犯人は、私の取材にこう語った。
「相手の家族を気遣う挨拶は、みんなやっているよ。そうすることで相手の家族の一員になったような気にさせるんだ」