5月31日、フォーブスジャパンが公表した2023年版「日本長者番付」では、最終学歴が“高卒”の人物が上位50人中11人を占めた。1位の柳井正氏(ファーストリテイリング社長、資産額4兆9700億円)が早稲田大卒、3位の孫正義氏(ソフトバンクグループ社長、同2兆9400億円)がカリフォルニア大バークレー校卒など、一流大学出身者もいるが、巨額の個人資産を築いた商売人たちは必ずしも高学歴というわけではないのだ。
ビジネスの勘は大学で学ぶものではないのか。経済ジャーナリストの福田俊之氏が語る。
「このランキングの特徴は、高卒億万長者の多くが戦中戦後の混乱期に生まれた世代であり、彼・彼女らが商売を始めた頃は日本はまだまだ貧しかったが、皆が将来に向けての夢を抱ける時期だった。そうした時代背景も関係していると思われます。
家庭の事情で進学を諦めざるを得なかったり、学生運動で大学を中退する者が少なくなかった。学歴にコンプレックスを抱いていた人も少なくないでしょうが、むしろその弱点を克服し、幾多の挫折を乗り越えて今日の地位を築いたのではないでしょうか」
長者番付の常連である2位のキーエンス名誉会長・滝崎武光氏(78)の資産はソフトバンクグループの孫氏を凌ぐ3兆1700億円。キーエンスは自動車や精密機器、半導体などの工場で生産工程を自動化するファクトリーオートメーション(FA)にかかわるセンサー類を開発・製造し、2023年3月期の売上高9224億円に対して営業利益4989億円。54.1%の営業利益率を誇り、株式の時価総額は17兆円を超す。経済ジャーナリストの有森隆氏が語る。
「講演会に登壇したりメディアに出ることがほとんどないため“謎めいた人物”だといわれる滝崎氏は、兵庫県立尼崎工業高校を卒業後、2度の起業と失敗を経て28歳の時、地元・尼崎で前身となるリード電機を設立し、成功の道を歩み始めます」
滝崎氏の経営の特徴には、徹底した“合理性の追求”が挙げられるという。
「2度の失敗を経て『工場を持たないファブレス経営』『値引きしないコンサルティング営業』『信賞必罰の人事』など、時代を先取りしたような経営戦略を採用し、驚異的な高収益事業を築いていったのでしょう」(有森氏)
滝崎氏の人物像が垣間見えるのは、1991年の『日経ビジネス』でのインタビューだ。高校時代をこう振り返っている。
〈高校時代は学園紛争花盛りで、私も運動を指導する立場だった。しかし結局イデオロギーは好き嫌いの世界だということを痛感し、数字で勝負できる事業家を目指すようになった〉
理念やイデオロギーに左右されずに、数字を追求する滝崎氏の原点は高校時代の体験にあるのかもしれない。
※週刊ポスト2023年6月30日・7月7日号