そしてバブルは弾け「失われた30年」へ
しかし、1989年12月に日経平均が3万8915円の史上最高値をつけた後、バブルは崩壊する──。
以来、日本は「失われた30年」と呼ばれる低成長時代に突入する。なぜバブルは弾けたのか。
「主要な原因は政府・日銀による金融・財政政策と考えられます。1989年12月に三重野康・日銀総裁が就任すると、急激な金融引き締めを行ない、金利がどんどん引き上げられました。同時に不動産向け銀行融資を規制したため、企業や個人の投資が一気に縮小した。その結果、株価と不動産価格が暴落し、バブル経済が崩壊しました」(岡山氏)
1991年7月、日銀は利下げに転じるが、逆回転を始めた資産価格の下落は止まらない。「金融が目詰まりを起こし、日本経済は長期低迷期に入った」(同前)とされる。
信用収縮により、1997年11月には巨額の不良債権を抱えた北海道拓殖銀行(拓銀)が破綻。同じ月には四大証券会社のひとつである山一證券が損失隠しの発覚により自主廃業に追い込まれた。
※週刊ポスト2023年7月14日号