「働き損」と並んで、メディアでは「働きたいのに働けない人がいる」というフレーズもよく耳にするが、これも誤った世論誘導だ。誰かが禁止しているわけではない。「年収の壁」を自ら作り出している人たちは、厚生年金に加入できるせっかくのチャンスを逃してまで、第3号被保険者でいることにこだわっているだけである。ある意味、年収を自ら抑え込んでも生活に困らない“恵まれた人々”の悩みだとも言える。
どれぐらいの時間働くかは個々の意思に基づく選択なので、批判するつもりはない。問題なのは、政府が助成金まで出して“個人の選択”に介入しようとしていることだ。やり過ぎなのである。
政府がやるべきことは2つ
助成金は不公平の上塗りだからだ。昭和時代のモデルを前提とした第3号被保険者に対しては、自ら保険料を負担している人々からは「専業主婦だけを優遇する政策だ」との批判が強い。今回の助成金は、第3号被保険者という“恵まれた人々”の優遇をさらに手厚くする政策である。
就業調整に走るパート労働者を減らしたいと考えるならば、政府がすべきは現状を追認するような助成金ではない。本当にやるべきは2つである。
1つは厚生年金に加入したほうがお得であることをしっかり広報することだ。社会保険に対する知識が乏しく、「年収の壁」という言葉に踊らされている人がいるなら気の毒なことだ。もう1つは、厚生年金の対象者を増やすべく加入要件を緩和することである。「年収の壁」にこだわる人がいる一方で、保障が手厚い厚生年金に加入したくともできずに不満を抱いている人もいる。
ところが、国会議員までが一緒になって「働き損」説を拡散するので手に負えない。いつしか「年収の壁」はすべての人に存在しているかのようになり、解消しなければならない政治課題へと仕立て上げられていく。岸田文雄首相もこれに飛びついた“くち”だろう。
「年収の壁」をめぐっては、少子高齢化による年金財政への懸念もあって、厚生労働省は厚生年金の加入対象の拡大策を進めてきた。厚労省以外でも、税制改正で配偶者控除が拡大されるなどパート主婦の就業調整の必要性が低下する方向でさまざまな取り組みがなされてきた。岸田政権が検討する現状追認型の助成金は、こうした改革努力に水を差す行為にほかならない。