「安い労働力の維持」から「助成金頼み」へ
岸田政権が従来とは異なる路線にシフトする背景には、少子高齢化に伴う人手不足や賃上げ圧力の高まりに悩む経済界の強い要請がある。
これまで勤労世代の不足をカバーしてきた65~74歳人口は減少し始めており、女性の就業率もかなり上昇した。外国人労働者も思うように増えない。いまや多くの企業にとって、就業調整に走る主婦パート労働者は喉から手が出るほど欲しい“貴重な戦力”なのである。
だが、人手不足は、本来ならば企業が従業員の待遇を大幅改善するなど競争によって解消されるのが市場の規律であろう。政府の助成金を当て込むというのは甘えであり長続きしない。
パート労働者を多く抱える企業は、厚生年金の対象者拡大をめぐって反対論を展開してきた経緯があることも忘れてはならない。保険料が労使折半であるため厚生年金に加入するパート労働者が増加すると経営への打撃が小さくないというのが理由で、パート労働者には「安い労働力」でいてほしいというのが本音だった。企業の中には就業調整を勧めるところまであった。それが、人手不足となったら助成金に頼るというのは何とも虫のいい話だ。
岸田政権は助成金を時限的な「つなぎ政策」とする考えで、抜本改革に乗り出す構えも示している。だが、「年収の壁」を生み出している第3号被保険者の見直しは容易ではなく、助成金が存続・拡大される可能性は小さくない。
無理が通れば道理が引っ込むというが、人手不足のわずかな解消と引き換えに、日本は大きなものを失おうとしている。
【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。主な著書に、ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。