この季節になると、黒いアイツがやってくる。家の中に唐突に姿を現わし、平穏な家庭を一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図に変える憎いアイツ……、ゴキブリである。
子供の頃から筆者は、ゴキブリ退治に台所洗剤を利用してきた。スプレー式の殺虫剤と違い、台所洗剤は空気中に舞わないし、直撃すれば瞬時に動きを止められるからだ。台所洗剤がゴキブリに効くらしい、というのは昔から知られていて、洗剤に含まれる界面活性剤(水と油をなじませる物質)がゴキブリの体表面を覆う油分と水を馴染ませ、空気を吸い込む気門を水で塞いで窒息死させるといわれている。しかも、殺虫剤の薬剤に対して昆虫は徐々に耐性をつけていくのに対し、窒息死については耐性がつかないとも考えられている。
しかし、界面活性剤を利用した殺虫剤は世の中に存在しない。昔から知られているのに、殺虫剤メーカーはそうした製品を出さないので、おそらく作る気がないのだろう。そう思っていた。
そこで、筆者は〈殺虫剤が効かないゴキブリが激増か 究極の撃退兵器は〉と題した記事(NEWSポストセブン2019年7月24日付)を書き、花王の台所洗剤『キュキュット クリア泡スプレー』を引き合いにして、〈もし花王が台所洗剤ベースの殺虫剤を発売したら、少なくとも筆者は買うし、あと「本当に出した」って爆笑すると思う〉と書いた。
冗談めかしてはいるが、その有効性を身をもって体験していたから、かなり本気だった。それからおよそ4年後の2023年6月20日、花王が衝撃の発表をした。リリースのタイトルには以下のように書かれている。
〈蚊の体表面に着目し、界面活性剤によって蚊の行動を制御 〜殺虫成分を使わずに蚊を駆除する新技術の開発〜〉
対象がゴキブリではなく「蚊」であるが、花王のパーソナルヘルスケア研究所が、理化学研究所と共同で、界面活性剤を利用して蚊を駆除する技術を開発しているというのだ。