生活をするのに最低限必要な額というのは、憲法25条の生存権の理念に基づく生活保護に求めるのが適切だろう。生活保護の給付額の計算式は複雑だが、単身者の場合10万~13万円ほどとされる。
そこで、計算を単純化するためにここでは「毎月10万円」と仮定する。一方、支給対象も計算の都合上「1億2000万人」としよう。これで計算してみると、国民1人当たり年額は120万円(毎月10万円×12カ月)だ。これの1億2000万人分なので、年間144兆円もの財源が毎年必要となる。実際には、これに給付に関する事務経費も加わる。
ちなみに、2023年度のわが国の当初予算の一般会計総額は114兆3812億円だ。このうち3割以上を国債に頼っている。
BIだけに144兆円も使ってしまったら、国防や治安などにかかる予算の財源は別途徴収しなければならなくなる。公務員の人件費も工面できなくなるので、かなりの高負担国家とならざるをえない。
しかも、これは便宜的に「10万円」で計算した場合の必要額だ。1人月10万円が最低生活保障として妥当かどうかは、今後の物価の上昇などをどう織り込むのかによっても大きく変わってくる。
もちろん、多くの国民は自ら収入を得ている。そういう人にとっては毎月10万円でも十分かもしれない。無収入者ばかりの世帯であっても、4人家族ならば世帯収入は月額40万となる。
だが、低収入や無収入の単身者にとっては10万円ではかなり厳しい生活を迫られよう。だからといって給付額を2倍の「月額20万円」とすれば、必要となる財源は年間288兆円だ。しかも、4人家族で月額20万円ならば世帯収入は総額80万円となる。これは最低生活保障と言うにはかなり高額だ。何もしなくともこれだけの金額が得られるならば、勤労意欲が減退する人も出てくるだろう。
このように本物のBIは、柔軟性に欠けるのである。
「BI導入と引き換えに年金全廃」はあまりに非現実的
財源をめぐって推進派は、導入と引き換えに基礎年金や児童手当、生活保護など従来の社会保障の現金給付政政策を廃止すると主張している。BIによって事務が簡素化すれば行政コストも削減でき、それも当て込めるとの説明だが、これは計算が合わない。
2023年度当初予算における社会保障費は36兆9000億円弱である。医療や介護など現金給付以外の社会保障サービスを残すとなれば、回せる財源はさらに小さくなり、行政コストの削減効果も限定的となろう。
BIの導入と引き換えに、厚生年金を含めて年金を全廃するというアイデアを掲げる人もいるが、こちらはより非現実的だ。
現行の年金受給額よりBIのほうが低い人が出れば、国民の理解は得られない。だからといって現行の年金水準をキープしようとすれば、多くの国民が増税などの形でかなりの追加負担を求められることになる。年金受給者は、いま何ら問題なく生活できているのに、BI導入で新たに負担を求められるのでは不合理極まりない。BIの仕組みを理解する人が増えるにつれて、反発の声が強まることが予想される。