年金廃止となれば「これまでの保険料を返せ!」
問題はこれで終わらない。大多数の国民は年金保険料を長年、納めてきている。もし突如として年金制度が廃止となれば、これまでの保険料はすべて払い損となる。当然ながら、これまで納めてきた年金保険料について全額返還を求める要求が巻き起こるだろう。とても政府が払い切れる額ではない。
国からの給付金ですべての国民の収入を底上げするという手法は、経済が高度に成長することなしには成り立たない。仮に成長したとしても限界がある。BIというのは、最初から見果てぬ夢なのだ。
だからと言って、社会保障制度が現状のままで良いというわけではない。時代の変化に追いついておらず、しかも政府・与党の改革はあまりに遅い。真に手助けを必要とする人向けのセーフティーネットの強化は喫緊の課題だ。
現行の社会保障や税制に大鉈を振るうのでは、変化の速い時代には間に合わない。現行制度をベースとしつつ、BIの利点をうまく取り入れることが現実的な選択と言えよう。
具体的に言うならば、デジタル技術を使えば、国民個々の可処分所得や資産情報をリアルタイムで把握できる。そうした情報を基に、収入が一定水準を下回った人に自動的に現金給付することは可能だ。
人口が減っても経済成長できる政策を
セーフティーネットの張り直しと同時に進めるべきことがある。国民の収入の底上げだ。多くの人がセーフティーネットを意識せずに暮らせる状況にすることこそが、政策としては王道である。
それには、企業の経営モデルの変革を促し、人口が減っても経済が成長する状況を作り出さねばならない。労働者も生産性の向上に寄与できるよう自ら磨きをかける必要がある。個々人が必要に応じてスキルを高められるよう、政府のバックアップが不可欠だ。
繰り返すが、BIは「魔法の杖」とはなり得ない。現状の綻びを修正し、人口減少という荒波にも立ち向かうためには、地に足が着いた政策を急ぎ積み重ねていくことである。
【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。主な著書に、ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。