昨年夏の王者である仙台育英(宮城)を下し、慶応高校(神奈川)が107年ぶりの優勝を果たした夏の甲子園。「脱坊主」のナインが爽やかな印象を振りまいた一方、慶応を応援する三塁側スタンドの過剰なまでの応援に賛否が巻き起こり、ネット上では「慶応ぎらい」を公言する“アンチ”まで登場する始末。大きな波紋を呼んだ慶応高校の「大きすぎる応援」はなぜ生まれたのだろうか。
都内で働く30代男性会社員(国立大OB)は甲子園期間を振り返ってこう話す。
「今回、不思議だったのは職場の『慶応大OB』のおじさんたちまで盛り上がっていたこと。彼らは慶応高校の出身ではなく、大学が慶応だったというだけなのに、“決勝が休みの日なら甲子園まで行きたかったのに~”なんて話していた。早稲田実業が勝ち進んだ時に大学だけ早稲田大を出た人が喜ぶとか、日大三高が優勝しそうな時に日大OBが盛り上がるのとかってあまり見たことがないじゃないですか」
慶応大学の入学定員(2023年度)は6402人。一方、慶応高校の公式ホームページによれば、〈2022年度卒業生数724名。うち慶應義塾大学に推薦された者711名〉とある。つまり、慶応大学の学生のうち、「塾高」と呼ばれる慶応高の出身者は1割ちょっとしかいない。慶応大出身者と慶応高出身者の重なりは決して大きくないが、なぜ、高校野球の応援で“一体感”が感じられたのだろうか。
メディア論が専門で、自身も慶応大学出身の東京工業大学教授・柳瀬博一氏は、「今回、過剰とも指摘される盛り上がりや大応援になった要因として、『甲子園×慶応』という非常に強力かつ、性質の似たブランドの掛け合わせがあったことが挙げられるのではないか」と分析した。
「ちょうどお盆の里帰りの時期に重なる夏の甲子園ですが、高校野球が好きだという人の大半は甲子園出場経験なんてありません。野球部ですらなかった人たちが、地元を代表して白球を追いかける少年たちを応援し、実際には経験したことなんてない“故郷と青春の思い出”にひたれるという構造があるのだと思います。非常によくできたコンテンツなのです。
一方、『慶応』ブランドにも似たような構造があると思います。慶応は、幼稚舎、中等部、高校(塾高、志木高、女子高など)を出た人はもちろん、大学やMBAスクールから入った人、あるいは自分は関係なくとも親や子が卒業したというだけで、『慶応』に忠誠心が働くという独特の構造を持つ大学ブランドだと考えます。慶応大学を卒業した人の大半は、慶応ブランドを形成する幼稚舎や付属校とは無縁ですが、ブランドの強さゆえに“経験していない思い出”まで自分のものとしている一面があるのではないか。それは大学から慶応に入った私自身が感じるところでもあります」