「遺伝と学力」の関係が論じられた本がベストセラーになるなど、近年、才能と遺伝についての研究結果が話題になった。果たして、学力において遺伝はどのような影響を及ぼすのだろうか? 『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)などの著書があるノンフィクションライターの杉浦由美子氏がレポートする「中学受験家庭を悩ませる、遺伝と学力の関係」の第1回。【全6回】
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今年5月のことだ。子ども4人を東大理IIIに合格させ、その経験をもとに、教育法の著作を多く出版している佐藤亮子さん(通称・佐藤ママ)が「ChatGPTは12歳までは完全隔離にしてほしい」と発言。それに対し、何人かの論客が反論をした。
その際、“ひろゆき”こと事業家の西村博之さんが次のようにツイートをした。
《最近の研究だと「勉強を努力出来る才能」も遺伝という説が強いです。成功した教育ママは、単に優秀な遺伝子の子供が産まれただけなのに、教育法に意味があったと思い込んでるだけの可能性あるんですよね、、》(原文ママ)
「遺伝と学力」を論じた本がベストセラーに
ひろゆきさんが言う「可能性」は実は低いのではないか。なぜなら、佐藤さんの子たち全員が勉強に向いていたわけではないようだからだ。
関西で取材する中で、佐藤さんのお子さんたちを知るという塾関係者たちにも出会った。彼らの証言によると、佐藤さんのお子さんの中には「特別に数学的な才能があるわけでもなく、ガリ勉キャラでもなかった。少なくとも私から見て彼らが灘や理IIIに入るとは思えなかった」とのことだ。しかし、その子どもたち全員を東大理IIIに進学させたのだから、佐藤さんは優秀極まりない「教育ママ」であろう。
もちろん、ひろゆきさんは議論を白熱させるためにあえてこのような物言いをしているのかもしれないが、ここではそれをあえて真に受けてみよう。
なぜなら、この「遺伝が学力に影響をする」という言説は、この何年かでよく見かけたり、耳にしたりするようになっているからだ。
この流れを作ったものの一つとして、2016年に出版されたベストセラー『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』(橘玲・著、新潮新書)があろう。この本の中では、行動遺伝学の第一人者である、慶應義塾大学・安藤寿康名誉教授の研究データを引用し、遺伝と学力について語られる。とくに遺伝と学力を論じた部分については大きな話題になり、安藤教授もその後、何冊かの新書を出している。