北海道・音威子府(おといねっぷ)村の名産である「音威子府そば」は、知る人ぞ知る名物そばだ。まるでイカ墨を練り込んだかのような強烈な見た目で、強いそばの香り、コシのある食感と喉越しといった特徴で、食べる人を魅了してきた。
「日本最北の地で食べられるそば」として知られていたが、昨年8月末、村内唯一の製麺所が廃業し、“絶滅の危機”に瀕する。しかし音威子府そばを愛する関東の飲食店の店主らが、新たにレシピを開発。そして復活を遂げた「新・音威子府そば」を、現在、音威子府村内で唯一提供しているのが『めしや満腹IKERE』(以下『IKERE』)だ。同店代表・竹本修氏に、再スタートを切った音威子府そばへの思いを聞いた──。
駅そばの店主が亡くなり、製麺所も廃業
音威子府そばは、地元産のそばを使い「挽きぐるみ」という独自の製法によって作られる。「挽きぐるみ」とは、通常は捨てるそばの殻を捨てることなくそのまま挽くもので、これにより真っ黒な色と、そば本来の風味を感じられる麺が生まれるという。鉄道ファンの間では、そんな音威子府そばを「駅そば」として提供する「常盤軒」が有名だった。
音威子府村は、現在こそ人口641人(令和5年8月末現在)と、北海道で最も人口の少ない自治体だが、もともとJR 天北線(1989年に全線廃止)の分岐点として栄え、多くの人々が行き来する場所だった。そして、JR音威子府駅構内で、1933年に店を構えたのが常盤軒。その絶品さは駅そばの頂点とも言われ、鉄道ファンや駅そばファンからは「駅そば日本一」と評価され、愛された。
しかし2021年、店主が亡くなったことにより、常盤軒は惜しまれつつ閉店。90年近い歴史に幕を下ろした。
「駅そば」としては終わりを迎えた音威子府そばだったが、ほどなくして、音威子府そば自体が存続の危機に直面する。というのも、村内唯一の製麺所として麺の製造を一手に担ってきた畠山製麺が、機械の老朽化と社長の高齢化により、2022年8月末に廃業。音威子府そばは幻となってしまった。