来賓席なし、弔辞はたったひとりだけ、弔電は一切読まない──これは2009年11月、東京・青山葬儀所で行われた昭和の芸能界を代表する大スター・森繁久彌さん(享年96)の葬儀の様子だ。
1500人が弔いに訪れ、黒柳徹子や森光子さん、竹脇無我さんら芸能界の大スターのほか、小泉純一郎元首相も駆けつける盛大な葬儀としては異例ずくめだった。森繁さんの次男の建(たつる)さんが語る。
「葬儀は、父にかかわった一人ひとりがそれぞれの気持ちで参列してくれる場だから、ぼくが勝手に色分けしてはダメだと思ったんです。父はうちに俳優仲間を招いたとき、その付き人の人たちにも『食べてるか?』と声をかけるような平等主義で気遣いの人。だから特定の人を来賓席に座らせて弔辞を読んでもらうのは、父の精神に反すると判断しました。
すごく勇気のいる決断で何度も“これでいいのかな”とためらったし、実際に不満を漏らした人もいると聞きましたが、それでもぼくは間違っていなかったと思います」
葬儀場では、森繁家で昔から働くお手伝いさんの隣に有名俳優が座るなど、参列者は全員が同じ目線で森繁さんの死を悼んだ。
「一通り進行が終わったら外にいたファンのかたがたにも葬儀場に入ってもらい、父の遺骨の前で焼香していただきました。親がファンでその代わりに来た人もいて誇らしい気持ちになりました。“俳優・森繁久彌”を持ち込まず、ひとりの父親として家族に尽くしてくれていた父でしたが、こんなにも多くの人に本当に愛されていたのだと実感できたことはすごくうれしかったですね。芸能界的な葬儀ではなく家庭的な葬儀を選択できて本当によかったと思っています」(建さん)
「感動葬儀」をモットーに葬祭関連事業を行うフューネの三浦直樹代表は「葬儀は故人を通じて、人と人がつながる儀式でもある」と語る。
「普通のサラリーマンと思っていた父の葬儀に200人以上が詰めかけて娘が感動の涙を流すなど、故人の思わぬ姿を知ることができる場でもあります。また、同級生の葬儀に参列して30年ぶりに小学校の恩師と再会して2人でワンワン泣いたという人もいました。葬儀は不特定多数ではなく、故人を通じて関係性を持つ特定多数が交わる場であるからこそ、多様なドラマが生まれるんです」