「源典侍」「花散里」…『源氏物語』で描かれた女の生き様
ボーイフレンドたちから身をもって学んだ男女の機微や女官たちから打ち明けられるとっておきの恋愛話、そして父や夫から教わったこと──紫式部は自分という軸を持ち続けながら、周囲の人間関係を柔軟に観察し受け入れた。だからこそ『源氏物語』では実に多様な“女の生き様”が鮮やかに描かれている。
実際、田辺さんは『源氏物語』に出てくる女君たちについて、「よくもこれほど多くの登場人物の性格を書き分けたものだ」と嘆息した。
古典エッセイストの大塚ひかりさんが、「私の世代の希望の星です」と語るのは、色好みの高級女官として登場する「源典侍」だ。
「57、58才という当時ではおばあさんとも言える年齢で光源氏やその友達の頭中将といった19、20才の若者たちと体の関係を持つ女性です。超絶キャリアウーマンで自己評価が高く、いくら年が離れていても自分が光源氏と不似合いとは思っていません。彼女は笑われ役という設定ですが、琵琶の達人だったりもして、紫式部のリスペクトも感じられる。
私はいま60過ぎですが、源典侍のことを思うと元気が出てくるんです。しかも彼女には実在のモデルがいたとの説があり、ますます楽しくなります(笑い)」(大塚さん)
歴史民俗学者の繁田信一さんは、光源氏の妻のひとりである「花散里」に注目する。
「容姿はそれほど優れていなかったものの、光源氏が長く愛でた女性であり、妻としては紫の上に次ぐ存在。お互い年を重ね、セックスレスになってからも良好な関係が続き、熟年夫婦の理想といわれています」(繁田さん・以下同)
千年前に描かれた夫婦の在り方は現代にも通じるものがあるのではないか。光源氏のふるまいから読み取れる紫式部のメッセージは「男女間におけるコミュニケーションの重要性」であると繁田さんは続ける。
「希代のモテ男だった光源氏が女性に最も求めたのは美しい容姿やセクシーさではなく、コミュニケーション能力でした。光源氏が季節の話をすると、花散里はそれにふさわしい返事をして彼の心を和ませましたし、光源氏が一方的に好きだった藤壺や朝顔の姫君も気の利いた言葉を投げかけてくれてエキサイティングな会話ができた。
逆に最初の妻になった葵の上はものすごい美人だけど言葉のキャッチボールができず、光源氏はそれをいたく残念がっていた。もちろん女性だけの問題ではないですが、夫婦円満のためにはお互いのコミュニケーションが必要ということを紫式部は伝えたかったのでしょう」