尹大統領が元徴用工問題の「解決策」を提示した意図
しかも韓国内では特にこの件について注目されていないという。
「今回の判決に対して、韓国世論は反応があまりにも静かです。野党が政権批判の材料として使う様子もなく、与党が“成果”として宣伝する様子もない。今、韓国では、城南市長時代の汚職で起訴された前回大統領選の候補者・李在明(イ・ジェミョン)の裁判や、大統領夫人・金建希(キム・ゴンヒ)のブランドバッグ授受疑惑、今年4月の総選挙に向けた与野党の公認候補選出など、国内問題が山積し、それどころではないとも言えます」(崔氏)
では、元徴用工問題は、尹政権の「解決策」が実行されることにより、収束に向かっていくのか。元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川恵司氏はこう語る。
「河野談話にしても日韓合意にしても、韓国はちゃぶ台返しを繰り返してきました。尹大統領がなぜ、元徴用工への賠償を韓国が肩代わりするまでに譲歩したかというと、韓国は米中対立の余波で、中国への半導体輸出が激減していて、経済的に窮地に立たされていたからです。
安倍政権時代に、(半導体製造に使われる)フッ化水素輸出の優遇措置を撤廃されたり、日韓スワップ協定(金融危機の際に通貨を融通し合う通貨交換協定)を拒否された影響も大きい。だから、これら制裁措置を撤廃させたいというのが、理由の一つ。もう一つは、京畿道南部の平沢市から龍仁市にかけて大規模な半導体工業団地を建設する計画で、そこに日本の素材メーカーを誘致することを望んでいるからです」
実際に日本側は、元徴用工訴訟の解決策の提示を受けて、フッ化水素輸出の優遇措置は2023年7月に再開し、同12月、日韓スワップ協定も8年ぶりに再開した。ここまでは尹大統領の望んだ通りに進んでいる。
「尹氏はもともと親日でも知日でもなく、単純に利害で動く人だと見るべき。だから、日本から経済的利益を得たうえで、自身が絶体絶命の窮地に追われれば、李明博や朴槿恵のように人気取りのために反日に転向して、ちゃぶ台返しをする可能性は十分にあります」(前川氏)
日韓関係においては、歴史が繰り返される可能性は十分にある。
取材・文/清水典之(フリーライター)