なかに住む住民というソフト面も重要
マンション住民のなかには、マンションは各住戸の独立性が高く、他の住民と接触しないことをよしとする、間違った考え方をしている人が少なくありません。
「間違った」と表現したのは、良いマンションほどマンション内のコミュニケーションが活発だからです。その例として、東京の新宿区三栄町にある、日本初の民間分譲マンション「四谷コーポラス」の建て替え時のエピソードを紹介しましょう。
現行法では、建て替えには区分所有者の5分の4の賛成をもって決議されることになっているのですが、四谷コーポラスでも決議にあたって、組合内で相当の議論が交わされたそうです。しかし、全員が建て替えに向かって舵を切れたのは、「所有者のほとんどが顔見知りだった」からでした。築60年が経過するなか、代替わりしていても、相続した息子、娘たちは幼い頃にマンション内で遊び、住民と顔見知りだったため、多少の意見の違いがあっても乗り切れたそうです。
マンションの資産価値と言うとハード面、すなわち建物価値ばかりに目が行きがちですが、そのなかに住む住民(所有者)というソフト面も重要です。四谷コーポラスでは住民たちが互いをよく知り、無理なこと・無駄なことを主張しないコミュニティを作り上げていました。言わば、住民価値とも呼べるものが高いレベルで機能していたわけで、私は感銘を受けました。
超高額マンションのなかには、購入者が入居にあたって組合と面接し、組合幹部の承諾を受けなくてはならないところもあります。これは、ともすると差別のように受け取られるかもしれませんが、そうではありません。
マンションは区分所有建物です。これは、区分を所有する「ひと」が勝手に行動できるという意味ではありません。所有者=住民全員が同じ目的を持ち、目的に資する住み方をしていくことが大切です。
どんなに建物が優れていても、そのなかに住む「ひと」が常識に欠ける、品がない、資産を大切にしないならば、そのマンションは資産価値が高いとは言えません。そのような価値観を共有できない「ひと」を、そこで暮らす「ひと」が排除する行為は正当化されるものだと考えます。マンションが「ひと」によって成り立っていることの証左とも言えましょう。
住民によるコミュニティがきちんと形成され、建物設備、管理ソフト、住民などが健全に新陳代謝を繰り返していくことが、マンションの資産価値を維持・向上させていく条件なのです。
※牧野知弘・著『なぜマンションは高騰しているのか』(祥伝社新書)より一部抜粋して再構成
【プロフィール】
牧野知弘(まきの・ともひろ)/東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産プロデュース業を展開。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)、『空き家問題』、『ここまで変わる!家の買い方 街の選び方』(いずれも祥伝社新書)など。