自民党は3月の党大会で憲法改正について「本年中に改憲実現のため、国民投票を通じ国民の判断を仰ぐことを目指す」と明記した。岸田文雄・首相は自身の総裁任期中に憲法改正を実現したいと話すが、改憲議論が本格的に進んでいるようには見えづらい。2016年から自民党の「憲法改正推進本部」(現在の憲法改正実現本部)が「知見の集積及び議論の整理」を進めてきたが、「自衛隊の明記」、「緊急事態対応」、「合区解消・地方公共団体」、「教育の充実」の4項目を改正テーマとして条文イメージ(たたき台素案)を提示するにとどまっている。
なぜ、改憲議論が遅々として進まないのか。『君は憲法第8章を読んだか』の著書もある、経営コンサルタントの大前研一氏が、いまの改憲議論の問題点を指摘する。
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まず、自民党の「自衛隊の明記」の条文イメージは、第9条1項・2項は一言一句変えずに堅持した上で、第9条の2として「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」をとるための実力組織として「自衛隊を保持する」との規定を設けるとしている。
だが、いまや9条は“伸びきったゴム紐”であり、2015年に成立した集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法によって完全に骨抜きとなった。自衛隊の存在はすでに政府解釈で容認されているから、急いで「自衛隊を保持する」と付け加える必要はない。
「緊急事態対応」の条文イメージは、国会による法律の制定を待てない急を要する場合における「国民の生命、身体、財産を保護するための内閣による緊急政令の制定」についての規定などを設けるというものだ。
しかし、東日本大震災や能登半島地震の復旧・復興が遅れたのは憲法の問題ではなく、地方に権限と予算がないからである。
「合区解消・地方公共団体」の条文イメージも、日本に地方自治がないという憲法第8章の本質的な問題には全く触れていない。後述するように、いま日本が抱えている問題は国の統治機構に原因があるのだが、自民党案では単に「第4章において、人口を基本としつつも、行政区画、地域的な一体性、地勢などを総合的に勘案する旨を明記するとともに、第8章において、基礎自治体と広域自治体を明確に位置付ける必要がある」と「1票の格差」などの選挙制度に矮小化している。
「教育の充実」の条文イメージは、「教育のデジタル化を含め、あらゆる方々に一生を通じて教育の機会を保障する理念を規定する」というものだ。しかし、そういう理念を規定したところで、100年以上も前の旧態依然とした教育を墨守している文部科学省が、シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的特異点)をはじめとする21世紀の劇的な変化に対応できるはずがないだろう。
つまり、自民党の条文イメージは、いずれも的外れで不要不急なのである。