「SAPIXは素敵な塾なんですよ」
この話を聞いていて、多くの塾の関係者たちが「なぜ中堅校を狙うのにSAPIXに通わせている親御さんがいるのか、理解できない」というのを思い出した。A子さんの夫もそう考えているわけだ。
SAPIXは難関校を目指すためには最適の塾であるが、中堅上位校を目指すなら他の面倒見のいい塾でいいだろうと冷静に夫は考えるわけだ。ではなぜ、A子さんはSAPIXを続けさせたかったのか。
「娘がSAPIXの授業は楽しい。友達もいるから続けたいというんです。私もSAPIXに通ってほしいと思ったんです。SAPIXのテキストは本当に無駄がないんです。問題の質がいい。こんな問題をやらせたくないという問題がない。そんなふうにSAPIXは素敵な塾なんですよ。中堅校を目指すにしても辞めることはないって思ったんです」
“素敵さ”を塾に求める。これは“住まい”へのこだわりに通じるのではないか。素敵な住まいと暮らしやすい住まいは違ってこよう。たとえばだ。港区のタワマンの高層階に住んでいて、家賃が支払えなくなったとしよう。埼玉や千葉に引っ越せばタワマンでなくても同じような間取りの部屋に住めて、周囲にはショッピングセンターや公園がたくさんあって暮らしやすくなる。しかし、港区のタワマンを“素敵”だとこだわりを持てば、同じタワマンの低層階の狭い部屋に引っ越してでも、そこから離れないだろう。
A子さんにとっては、共働きの自分たちのライフスタイルをサポートしてくれる「面倒見のいい塾」よりも、夢を与えてくれる“素敵な塾”の方に価値を見いだしたわけだ。夢には手が届かなくても、そこから離れたら、自分も娘も「脱落」をしてしまう感覚があるのかもしれない。