内部資料をごっそり入手したんじゃないか
1989年といえば世界的には天安門事件(6月4日)、ベルリンの壁崩壊(11月9日)の年だが、山口では暮れに長門市の会社で社長父子が殺害される事件が起きた。各社取材に駆け回るなか、警察の捜査で関係者の関与が浮上し、容疑者逮捕という局面を迎える。ところがNHKは捜査の動きをまったく察知できず、容疑者の映像も撮れていない。
一方、朝日の角田はと言えば……警察が容疑者を任意同行した派出所の向かいで、コーヒーを味わいながらその様子を眺めていたという。こいつ、やるなあ。もっとも私はその頃警察担当を外れていたから、後輩の新人記者に「お前、同期に抜かれてんじゃねえか」とイジっていれば済んだのだが、やがて他人事ではすまなくなる。
翌年、警察担当に戻った私は、ある日、夜回り先の某刑事部幹部の自宅で一杯ご馳走になっていた。その時、幹部が県庁の方を指差して「あっちの方、気をつけた方がいいぞ」ともらした。これは県庁内の何らかの事件、おそらく汚職を捜査中だぞ、と匂わせてくれたのだ。しかし私はせっかくもらったヒント以上のことが皆目つかめない。そのまま会議で松山に出張している時に事件がはじけ、悔し涙に暮れながら瀬戸内海を渡る帰りのフェリーに乗った。県庁内にある山口県教育委員会の教員採用試験をめぐる贈収賄事件だった。
山口県下の公立学校の教員は県教委が一括して採用する。担当する県教委の職員ももとは教員で、学校現場に知り合いが多い。そして教員の子どもが教員を志望することも多い。そんな状況で、採用担当の県教委職員に知り合いの学校長らが賄賂を渡し、息子や娘の採用に便宜を図ってもらっていたのだ。同じようなことをしていた人物は多く、事件は次々に広がりを見せる。そのすべてを特ダネで抜いてきたのが角田だった。
はっきりとはわからないが、奴はどうも県教委の内部資料をどこからかごっそり入手したんじゃないかという話があった。それがあれば、汚職を担当する捜査二課が次に誰を狙っているのか手に取るようにわかるだろう。ところが私は県教委にも二課にもツテ(情報源)がない。奴にやられっぱなしで太刀打ちできない。どうすりゃいいんだ!