「角田に抜かれまくって、どうしようもないんです」
そこで頼りとなるのが検察だ。警察が捜査した事件はすべて検察が受け手となって起訴するかどうかを判断する。当時、山口地検でこの事件を担当していたX検事とは妙にウマが合い、時々呑みに行っていた。彼は「俺は将来、特捜検事になるんや」と、私は「将来、社会部で事件記者になるんや」と、互いに“青雲の志”を語り合った。そんなX検事にはもう一つ口癖があった。「ギブ・アンド・テイク」だ。
「お前ら記者はいつでも『何か情報ありませんか?』としか言ってこないじゃないか。こっちにしてみりゃ『ギブ・ギブ・ギブ』だ。世の中は『ギブ・アンド・テイク』なんだよ。情報が欲しけりゃ、お前らも何か事件の端緒になる情報を持ってこい!」
それもそうかと思って、時々地元の談合情報などを持っていくようにした。するとX検事も情報を返してくれたが、焦点の教員採用汚職に関して私は何の情報も持ち合わせていない。これでは何も答えてもらえないだろう。でも、背に腹は代えられない。私はX検事の官舎へ夜回りをかけた。「お、家に来るなんて珍しいな」と言いながらも彼は家族と暮らす家にあげてくれた。今さら取り繕っても仕方がない。私はテーブルにつくなり、がばっと頭を下げた。
「すみません。角田に抜かれまくって、どうしようもないんです」