「単独主義」からの大きな方向転換
これまでのホンダは、どことも手を組まない「単独主義」。これは大きな方向転換だった。
EV関連ではソニーとの合弁会社に加え、韓国LGエナジーソリューションと米国での電池合弁会社の設立、国内では電池大手のGSユアサとの合弁を矢継ぎ早に決めた。
この提携戦略ではライバル・日産自動車との協業検討にまで踏み込んだ。交渉は大詰めの局面を迎えており、EV領域での協業を中心に話し合いが行なわれている模様だ。
さらに三部氏は、自動車レースの最高峰「F1」への復帰も決めた。八郷氏が社長時代の2020年10月、「経営資源を電動化に集中させる」との理由で撤退を決めたが、2023年5月、2026年から英アストン・マーチンのチームにエンジンなどのパワーユニット(PU)を提供する計画を発表したのだ。
ホンダが再参戦に動いた一つの理由は、F1の世界でも脱炭素が推進され、二酸化炭素を出さない100%カーボンニュートラル燃料(合成燃料)の使用が義務付けられたからだ。
三部氏は記者会見で「F1の現場は技術者を育てる道場。ハードルが高いほど得られる経験知も大きい」と語った。たとえば、国内で最も売れている軽自動車の「N-BOX」シリーズのなかには、F1技術者が開発したものもある。カーボンニュートラル燃料については、航空業界では一定の使用量を義務付ける動きが出ている。新規事業である小型航空機「ホンダジェット」の開発にも応用できるだろう。
三部氏は子どもの頃、札幌で7年間過ごした関係で、スキーとスケートを得意とする。今の「三部式経営」を見ていると、スピード感一杯に氷上や雪上を滑走しているようにも見えるが、このまま駆け抜けられるか。
【プロフィール】
井上久男(いのうえ・ひさお)/1964年生まれ。ジャーナリスト。大手電機メーカー勤務を経て、朝日新聞社に入社。経済部記者として自動車や電機産業を担当。2004年に独立、フリージャーナリストに。主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』などがある。
※週刊ポスト2024年6月21日号