入院費はOKでも葬儀代がNGになる場合も
司法書士法人ソレイユの代表司法書士、杉谷範子さんはこう答える。
「微妙な問題で、お金の使途で異なってきます。入院費は故人の債務であり、相続人全員が負担することになるので、故人の預金を引き出して支払いに充てても問題ありません。一方、葬儀代は慣習上、喪主が負担するのが一般的で、他の相続人に無断で引き出して葬儀代に充てると、窃盗罪や横領罪に問われる可能性があります。が、相続人全員が葬儀代に充てることに合意しているのなら問題ないでしょう。
また、相続人の一人が無断で故人の預金を個人的に使ってしまった場合、窃盗罪や横領罪が適用されるものの、その相続人が配偶者・直系血族、および同居の親族なら、親族間相盗例(刑法第244条第1項)の定めにより刑が免除されます」
預金を引き出すのは違法ではないうえ、相続人全員の合意があれば、預金を葬儀費用の支払いに充てても問題ないという。それどころか、相続人の誰かがこっそり引き出して個人的に使い込んだ場合、犯罪にはなるものの、親族間相盗例の定めで処罰はされないというのだ。
とはいえ、刑事で処罰されなくても、民事は別で、他の相続人から訴えられる可能性はあるので、使い込みはしないほうがいいだろう。
葬儀代の支払いなどで至急にお金が必要なのに、口座が凍結されてしまった場合、金融機関にもよるが、申請すれば預金額の3分の1程度までの引き出しに応じてもらえる。ただ、預金の一部を引き出せたとしても、残りを引き出すには、結局、正規の手続きで口座凍結を解除する必要がある。
とすると、やはり、名義人である親の死亡が金融機関に伝わる前に、全額引き出してしまうほうが簡単かもしれない。しかし、預金額などによっては、口座から引き出す際に「特殊詐欺対策のため」などとして金融機関から「使途」を細かく尋ねられるケースもあるようだ。
取材・文/清水典之(フリーライター)
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