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【ルポ・遠距離相続の落とし穴】移動距離300km…亡くなった親の銀行口座の凍結解除への長い道のり 最大の難関は「出生から死亡までつながった戸籍謄本」

親の「出生から亡くなるまでの戸籍」を集める旅が始まった(写真:イメージマート)

親の「出生から亡くなるまでの戸籍」を集める旅が始まった(写真:イメージマート)

 内閣府の「2023年版高齢社会白書」によると、高齢者(65歳以上)の「一人暮らし」「夫婦のみ」世帯数は計1568万世帯。日本の全世帯(5191万世帯)の3割以上を占めている。そうした「高齢者のみ世帯」の親を持ち、遠方に暮らす現役世代を待ち受けているのが、親の死去に伴う「遠距離相続」だ。子をはじめとする相続人は悲しむ暇もなく手続きに忙殺される。なかにはマニュアルが教えてくれない“想定外の事態”もあるようだ。フリーライターの清水典之氏が自身の体験を綴る。

(全3回の第1回。第2回につづく

 * * *
 この3月に、田舎で一人暮らしをしていた母が肝硬変で亡くなった。

 10数年前に父が死去したときも長男である筆者が喪主を務めたので、通夜から葬儀、火葬までの流れは覚えていた。基本的に葬儀社に任せて指示に従っていればよく、葬儀は特にトラブルもなく、滞りなく進んだ。

葬儀社への連絡、死亡診断書の取得などから死後の手続きは始まる(『週刊ポスト』2021年4月16・23日号より)

葬儀社への連絡、死亡診断書の取得などから死後の手続きは始まる(『週刊ポスト』2021年4月16・23日号より)

葬儀後、ご近所からの「弔問」がひっきりなし

 唯一、失敗したと思ったのは、父のときと同じ葬祭場を使ったことだった。実家は中部地方の田舎の古いニュータウンにあり、ご近所は高齢者ばかりである。自宅から車で15分ほどの距離にある公営の葬祭場を利用したが、父の葬儀から10数年の年月が経つと、ご近所の皆さんもそれだけ歳を取り、公共交通機関もないため葬祭場まで足を運べない人が多かったようで、参列者は父のときよりずいぶん少なかった。

 そのため、葬儀の翌日から、通夜や葬儀に来られなかったご近所のおばあちゃん、おじいちゃんが、「入院したとは聞いていたけど、こんなに急に……」「足が悪くてお葬式に行けなくて……」と、次々に自宅に焼香に訪れたのだ。大変ありがたいことなのだが、これでは何のために広い葬祭場を借りたのかわからない。高齢者には来にくい場所で葬儀をした筆者のミスで、最初から自宅でやれば良かった。

 もっとも、今思えば、この後の面倒な作業に比べれば、取るに足らない出来事である。父のときは葬儀や納骨などの法事を終えれば、預金などについては母が相続したのでそれで終了だったが、今回は自分たち子供が「相続」するという、これまで体験したことのない未知の作業が待ち受けていた。

相続に必要な手続き。マニュアル通りにはいかなかった(『週刊ポスト』2021年4月16・23日号より)

相続に必要な手続き。マニュアル通りにはいかなかった(『週刊ポスト』2021年4月16・23日号より)

親の「口座凍結」で葬儀費用が下ろせない

 遺産相続で最初にぶち当たったのが、金融機関の「口座凍結」である。葬儀が終わったとたんに、この壁が立ちはだかった。

 葬儀の費用には、火葬費用などを含めて約100万円ほどかかったが、葬儀社には葬儀後の数日内に現金か、銀行振り込みで支払わなければならず、クレジットカード払いは不可だった。

 母が入院中、現金が必要になったときに、筆者が代行してJAバンクの口座からキャッシュカードでお金を引き出したので、JAバンクの暗証番号は知っていた。その口座には100万円以上入っていたので、そこから引き出して葬儀代にあてればいいと軽く考えていたのだが、いざATMで引き出そうとしたら、お金を下ろせない。

 実は葬儀を依頼したのがJA葬祭というJA系の葬儀社で、申し込み窓口が同じであるため、母が死んだという情報が回って、口座が凍結されてしまっていたのだ。JA葬祭への支払いに、JAバンクに預けたお金が使えないという矛盾。まさかこんな事態が待ち受けているとは思いも寄らなかった。

通帳・キャッシュカードと印鑑の組み合わせ、暗証番号もわからない…(写真:イメージマート)

通帳・キャッシュカードと印鑑の組み合わせ、暗証番号もわからない…(写真:イメージマート)

口座が凍結される前に家族が現金を引き出すと法に触れるのか

 亡くなった人の口座が凍結される理由は、相続人が複数いるときに、誰かが預金を引き出して一人占めするなどの相続トラブルが発生するのを防ぐためとされている。では、入院費や葬儀代などの支払いのため、口座が凍結される前にお金を引き出すと、法に触れるのか。司法書士法人ソレイユの代表司法書士、杉谷範子さんはこう答える。

「微妙な問題で、お金の使途で異なってきます。入院費は故人の債務であり、相続人全員が負担することになるので、故人の預金を引き出して支払いに充てても問題ありません。一方、葬儀代は慣習上、喪主が負担するのが一般的で、他の相続人に無断で引き出して葬儀代に充てると、窃盗罪や横領罪に問われる可能性がありますが、相続人全員が葬儀代に充てることに合意しているのなら問題ないでしょう。

 また、相続人の一人が無断で故人の預金を個人的に使ってしまった場合、窃盗罪や横領罪が適用されるものの、その相続人が配偶者・直系血族、および同居の親族なら、親族間相盗例(刑法第244条第1項)の定めにより刑が免除されます」

 筆者のケースでは、相続人は筆者と姉の二人だけで、葬儀代に充てることに合意したうえで引き出そうとしているのだから、何ら問題はないとのこと。

 実際には、引き出そうとしたが、口座が凍結されて引き出せなくなったというのが現実。慌てて、実家で他の通帳やキャッシュカードを探したが、印鑑が何本もあってどれがどの通帳に対応するのかわからず、暗証番号もわからない。暗証番号はきっと同じ番号にしているだろうと考え、試しに、ATMにキャッシュカードを入れ、JAバンクの口座と同じ暗証番号を押してみたが、母は口座ごとに番号を変えていたようで、「暗証番号が違う」とはねられた。意外にセキュリティ意識の高い母。

口座凍結解除には相続人全員の署名・捺印に加えて印鑑登録証明書が必要なケースも(写真:イメージマート)

口座凍結解除には相続人全員の署名・捺印に加えて印鑑登録証明書が必要なケースも(写真:イメージマート)

手続きの“深度”は金融機関により異なる

 結局、葬儀費用は筆者と姉で折半して支払ったが、貧乏ライターにとっては50万円という負担は大きく、それ以外にも母の入院中に何度も東京との間を往復した新幹線代や、現地での足として利用したレンタカーの費用、入院にかかわる諸々の費用など、出費がかさんでいたので、なるべく早く補填したいという気持ちがあった。

 急いだ理由はそれだけではなく、実は姉は海外在住で、日本に住民票がないために、印鑑登録ができないという問題があった。さまざまな手続きで、本人が窓口に出向いてパスポートを提示して本人証明をする必要があるので、姉が日本にいる間にできることはすべて済ませたいという思いもあった。

 母の預金を引き出す方法がないので、そうなると、口座のある金融機関に母の死亡を伝え、正規の手続きを経て口座凍結を解除し、預金を相続する必要がある。この手続きは面倒で、姉の印鑑登録証明書(*)が用意できないことが事態をさらにややこしくした。

【*編注/印鑑登録証明書:住民登録がある自治体で氏名を示す印鑑を登録し、その印鑑(実印)が本物であることを自治体が証明する書類。不動産登記申請や重要な財産の取引などで必要になる】

 口座凍結の解除申請は、金融機関によって微妙に異なるが、基本的には、通帳やキャッシュカード以外に、以下の書類が必要だ。
・口座の名義人が死亡したことを示す証明書
・口座名義人の家族構成(相続人)がわかる証明書
・相続人全員が預金の引き出しに同意していることを示す証明書
・申請者が相続人本人であることを示す証明書

 求められる書類は金融機関によって独自に定められていて、“深度”が異なっていた。たとえば、本人確認書類でも、窓口で申請書に署名・捺印して、マイナンバーカードや免許証を提示するだけで済む金融機関もあれば、捺印に印鑑証明の添付を求めてくる金融機関もある。

 某地方銀行の場合は、支店窓口へ姉と二人で出向き、筆者はマイナンバーカード、姉はパスポートを見せて本人確認をして、母の除票(死亡して住民票から抜けたことを示す住民票の写し)と、母と家族であることを示す戸籍謄本を提出し、その場で申請書に署名、捺印(姉は拇印)するだけで出金できた。所要時間は1時間程度である。こんなに簡単に終わったのはこの地方銀行だけだったが、口座に残っていたのは数万円程度だった。

「審査の厳しさは残高にもよります。口座に残っているのが、何百万円、何千万円という単位なら、そんなに簡単な手続きでは引き出せなかったでしょう」(杉谷さん)

 数万円程度なら、相続トラブルは起きにくいと判断されるのかもしれない。

親の「出生から死亡までつながった戸籍謄本」の一部(筆者提供)

親の「出生から死亡までつながった戸籍謄本」の一部(筆者提供)

親の「生まれてから死ぬまでの戸籍」集めはまるでRPG

 一方、前述したJAバンクの凍結解除の申請では、除票は不可で、亡くなった口座名義人(母)の「出生から死亡に至るまでつながった戸籍謄本(と除籍謄本)」が必要だった。

 除籍謄本とは、結婚した人や死亡した人などが除籍されたことを示す戸籍謄本のことで、「出生から死亡まで」の最後の「死亡」を示すのに必要になる。役場でその除籍謄本なるものを申請したところ、(死亡届が)戸籍に反映されて取得できるまで1週間以上かかるといわれて絶句した。これにより、姉は日本での滞在を延長し、最低でも1週間以上待たなければならなくなった。

 それでも、除籍謄本は待てばいずれ出てくる。問題は「出生から死亡までつながった戸籍謄本」である。文章にすればたった1行だが、これを取得するのがすこぶる面倒なのだ。

 故人が過去に本籍地を移していると、かつて本籍地としていた市町村の役場をすべて回って、それぞれ戸籍謄本を取得しなければならない。母の現在の本籍地の記載を見て、どこから転出してきたかを確認して、その役場に出向き、また戸籍謄本を取って確認し、転出元の役場へ向かう。母が生きた時代と場所をさかのぼるように辿り、出生が記載されている戸籍謄本にたどり着いたらゴールだ。まるでRPG(ロールプレイングゲーム)である。

 実は戸籍法が改正され、今年3月1日から「戸籍証明の広域交付申請」というサービスが始まっている。本籍地のある市町村の役場で申請すれば、出生から死亡までつながる戸籍謄本をまとめて取得できるようになった。

 そのサービスを利用すれば、戸籍謄本を追って各地の役場を回る必要はないはずなのだが、役場の住民課の話では、「申請が殺到していてサーバーがパンク状態で、開始初日に申請して1週間以上経ってもまだ出てこないものもある。役場を回った方が早いですね」とのことだった。時代が古いものほど出力に時間がかかるといい、母の場合、出生の記録は90年近く前にまでさかのぼるので、いつ出力されるのかまったく読めないという。

 これは今年3月半ば頃の状況で、現在は改善されているのかもしれないが、その時点では役場を回ったほうが早いとのことだった。(母の本籍があったはずの)各市町村の役場へ郵送で申請し、郵送で戸籍謄本を受け取ることも可能だが、そんな悠長なことを繰り返していたら、いつ終わるかわからない。こっちは急いでいるのだ。

レンタカーの走行距離は300キロを越えた(写真:イメージマート)

レンタカーの走行距離は300キロを越えた(写真:イメージマート)

申請書類が揃った翌日には口座凍結の解除が終了

 母の出生から死亡までの戸籍謄本は、“RPGツアー”により、中部地方にある3つの役場を回ってそろえることができた。レンタカーの走行距離は300kmを越え、ゴールが見えない旅にどんより疲れた。母は戦時中に横浜に住んでいたので、もし本籍地も移していたら横浜まで行かなくてはならず、その可能性を考えてゾッとしたのだが、幸い、横浜には移しておらず、それがせめてもの救いだった。

 JAバンクでの相続の申請には、他に、家族(相続人)全員の戸籍謄本や、相続人全員の印鑑及び印鑑登録証明書が必要だったが、ここで困ったのは姉の印鑑と印鑑登録だった。これは窓口で、「海外在住の姉には住民票がなく、印鑑登録ができない」と伝え、本人のサイン(拇印もしたかもしれない)とパスポートの提示で代用してもらえたので助かった。

 書類を集めるのには苦労したが、JAバンクの場合、申請に必要な書類の内、足りなかったものを郵送し、先方に到着した日の翌日には筆者の口座に入金された。審査に1週間くらいかかるのではないかと思っていたら、あっさり入金されたので驚いたのと同時に、とりあえずお金の問題は解決したので、少しホッとした。

 あとで知ったのだが、葬儀代の支払いなどで至急にお金が必要な場合、口座凍結されていても、金融機関に申請すれば預金額の3分の1程度まで引き出しが可能だという。しかし、筆者が回った金融機関では、こちらから相談しなかったためか、そうした情報は教えてもらえなかった。また、仮に預金の一部を引き出せたとしても、残りを引き出すには、結局、正規の手続きで口座凍結を解除する必要があり、やるべき作業は同じである。

 口座の凍結解除は、もう一つ残っていた。それが最大の山とも言えるゆうちょ銀行の口座である。他の金融機関と同じように、姉の事情を説明すれば、ある程度は免除してくれると思っていたら、ゆうちょは各種の証明書について一切妥協してくれないのである。

第2回〈相続人が海外在住だと大変なことに…窓口に本人がいても「在外公館の署名証明が必要」と帰国する羽目になった「ゆうちょ銀行の口座凍結解除」〉につづく 6月23日公開)

取材・文/清水典之(フリーライター)

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