「文化的教養のある方」
突如として役員に抜擢されたように見える清三氏は、創業家の資産管理会社である寿不動産の大株主にも名を連ねている。そのキャリアは一風変わっていて、社内でも直接の接点がなければ「詳しく知らない」という社員が多いようだ。
米国の大学を卒業した清三氏は2010年に中途でサントリーに入社した後、ウイスキーのブレンドの配合を決める「ブレンダー室」にも所属していた。別の社員が言う。
「新卒で毎年100人以上が採用されますが、ブレンダー室やウイスキー関連の部署に配属されることは多くはありません。ブレンダー室は特殊な部署で、最高位とされる『マスターブレンダー』の称号を得たのは初代社長(鳥井信治郎氏)、2代目社長(佐治敬三氏)、そして鳥井信吾副会長という創業家の3人のみ。“神の舌”を持つ人しかなれないと言われます」
関係者によると、清三氏はブレンダー室、ウイスキー事業部などを経験し、MBC研究所へとキャリアを重ねてきたという。前出・河野氏が言う。
「現在、清三氏が所長を兼務するMBC開発研究所は鳥井副社長が立ち上げた部署で、グループのモノづくり価値、ブランド価値の向上を担う。マスターブレンダーの後継者としても名前の挙がる清三氏が、研究所を引き継いだ格好でしょう」
執行役員就任後の清三氏については、社内からこんな声が聞かれた。
「今年5月、サントリーグループのブレンダー10人でウイスキーの本場スコットランドへ赴き、海外のブレンダーの人たちと勉強会を開いたそうです。その際も清三さんが乾杯の際の挨拶をされたと聞いています。役員になってからは社内報に登場する機会が目立っています」(別の男性社員)
清三氏がいたウイスキー事業部に接点のある社員は飲み会で一緒になったことがあると明かす。
「気取ったところがなくて、すごくイイ人。もちろんウイスキーの知識もすごく豊富だし、さすが佐治家でお父様が著名な音楽家なこともあって文化的な教養がある。飲み会に参加すれば他の社員と肩を組んで盛り上がることもあります」
接点のない社員たちは清三氏の今後についてどう見ているのか。前出・40代社員が言う。
「社内に鳥井姓の方は何人かいますが、佐治姓の方は会長以外で初めて見た。清三という名前を見て、『(2代目の)敬三さんを意識した命名なのかな?』という会話もありました(笑)。まだまだ先の話でしょうが、社長になるかもしれない人とは思っています」
サントリーHD広報部に「佐治清三氏は将来のトップ候補のひとりか」と訊ねると、「今後について決まっていることはございません」と回答。
サントリーに限らず近年、日本の大手企業のトップ人事をめぐっては、「創業家回帰」の動きも見られる。『経済界』編集局長の関慎夫氏が言う。
「老舗企業はだんだんと創業家離れが進むのが普通ですが、日本のトップ企業に限っては“創業家への大政奉還”の動きが目立ちます。経営環境が激変するなか、世界と戦うために創業家のブランド力や、強い求心力が必要とされる局面が増えているからではないか」
※週刊ポスト2024年7月19・26日号