とはいえ、プーチン大統領は決して将来を楽観視しているわけではないようだ。
モスクワには、ロシア最大の商業銀行であるロシア貯蓄銀行や、ロシア天然ガス工業、ロシア石油といった巨大エネルギー関連企業、ロシア科技、ロシア鉄道といった国防関連企業など、ロシア経済の根幹をなす多くの国有企業の本部があるが、プーチン大統領は7月24日、政府に対して10月1日までに国有企業の本部を段階的にモスクワから地方に移転するための計画案を提出するよう指示した。
プーチン大統領は2021年に政府に対して国有企業のシベリアへの移転に関するフィジビリティ・スタディ(事業化調査)を行うよう指示している。人材を確保し、生産設備をすべて移転するには時間がかかる。まず本社の移転を決め、その後は事業移転の難易度に応じて、2025年から遅くても2030年までに完全な移転を完了させたいようだ。また、移転先についてはまず、ウラル、極東、シベリアの3つの地域から選ぶべきであると発言している(「鳳凰網財経」7月26日付、ロシア国営「RT」7月25日付など)。
かつて中国が実施した「大三線建設」と酷似
こうしたロシアの戦略は、1960~70年代にかけて中国が実施した「大三線建設」と酷似している。大三線建設とは主要産業を沿岸(一線)、中原(二線)、内陸(三線)の3つの地域に分散させることで、産業集中による国防上のリスクを軽減しようとした戦略だ。米国、旧ソ連との対立、国際社会での中国の孤立が背景にあるが、現在のロシアのおかれた立場は当時の中国を彷彿させる。
とはいえ、うまくやれば、設備投資需要を刺激し、移転先となる失業率、貧困率の高い地域の社会経済を発展させることができる。今後、関係が深まるであろうアジア経済圏に近い位置に生産拠点を分散させることになるのだが、ロシアだけでなく、中国をはじめとした非米同盟国の経済成長にも貢献するだろう。
一方、ロシアが中国、朝鮮半島と緊密な経済関係を築き上げることに対して、米国の軍事産業、それと利害関係の強い官僚機構、主要なマスコミなどは激しく反発するだろう。
そうした勢力とはむしろ敵対関係にあるトランプ氏や彼を支持したい組織、産業界はまた別の考えがあるかもしれないが、だからと言ってトランプ氏一派が、ロシアの大国化、非米同盟諸国との結束を手放しで歓迎するだろうか。
トランプ氏が大統領に返り咲けば、米国はイスラエル重視を強めるであろうが、イスラエルの最大の敵国であるイランはロシアと緊密な関係を築いている。中東の混乱にロシアも巻き込まれる可能性がある。
米国の大統領選挙の結果がどうあれ、不安定な国際情勢は解消されそうにない。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。