ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから8か月。今なお戦闘は続いており、解決の糸口すら見えていない。そうしたなか、9月末にプーチン大統領は、ウクライナの東部4州の併合を宣言する演説を行った。侵略しておきながら、対立する西側諸国を一方的に非難している(と解釈するしかないような)場面も多くあった。ロシアに都合の良い、一方的な意見のように感じる人がいる反面、現実にはその主張に賛同する人々もいて、そうした人々には「陰謀論者」のレッテルを貼られることが往々にしてある。小説家・榎本憲男氏が、「陰謀論」とは何かについて考察する。
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〈欧米諸国は何世紀にもわたって、自分たちは他国に自由と民主主義の両方をもたらすと言い続けてきた。(しかし、欧米諸国がもたらしたものは)民主主義の代わりに抑圧と搾取、自由の代わりに奴隷と暴力である。(欧米諸国が目論む)一極集中の世界秩序全体は、本質的に反民主的で自由がなく、徹頭徹尾嘘であり偽善者である〉
2022年9月30日に行った演説の中盤でロシア大統領ウラジミール・プーチンの口から出た言葉だ(翻訳は青山貞一氏。カッコ内は筆者。全文は以下のサイトで読める。http://eritokyo.jp/independent/Ukraine-war-situation-aow1589.htm)
これを聞いて読者はどう思われるだろう。自分の悪行をよそに責任転嫁していると憤る人が圧倒的多数だろうと思う。プーチンに賛同する人は、頭の悪い陰謀論者のレッテルを貼られかねない。
さてこの陰謀論であるが、SNS上で「それは陰謀論だ」と評されると、根も葉もない嘘、根拠のない妄想、事実を抑えないで信じたいものを信じる思考停止だと言われているに等しい。つまり「それは陰謀論だ」という言葉は、「そんな陰謀はない」ことを意味する。
しかし、陰謀というものは過去に確実にあった。だとしたら、それが陰謀かどうかを検証しないで「陰謀論」と呼び、そう呼ぶことで、その言説の信用性を貶めてしまうのは、それこそ、信じたいものを信じる思考停止だと僕は考える。ではアメリカが実際に行った陰謀をふたつ挙げよう。
1964年、アメリカ政府は、ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の魚雷艇が米軍の駆逐艦に攻撃したと発表した(トンキン湾事件)。ところが、これは、ベトナム戦争へ本格的に介入する口実作りのためにアメリカ政府がでっちあげた嘘だった。
1990年、イラクがクウェート侵攻後に、ナイラという15才の少女がアメリカで会見を開き、「イラク軍の兵士がクウェートの病院に来て、保育器に入った新生児を取り出して殺すのを見た」(大意)と涙ながらに訴えた(ナイラ証言)。ところが、この少女ナイラは、クウェート駐米大使の娘でクウェートに行ったことさえなく、反イラクに世論を向かわせるために芝居をさせられていた。
どちらも発表当時はみなそのまま信じた。トンキン湾事件は、7年後の1971年に『ニューヨーク・タイムズ』が「ペンタゴン・ペーパーズ」を入手してアメリカ側が仕組んだものだったことをスクープしてから解釈が一変。ナイラ証言は戦闘が終わり、クウェートが解放された後に現地に入ったマスコミが取材を重ねるうちに、嘘だったとわかった。ただ、わかったときには大芝居の目的(軍事介入)は達成されていたというわけだ。
もう少し近年では、イラクに大量破壊兵器があると強弁して開始されたイラク戦争(2003年)も思い出して欲しい。陰謀というものはあった。たぶんいまもあると思ったほうがよい。目的のためには「まさかそんなことまで」と耳を疑うような手段を取ることはあるのだから。