投資という観点に立てば、道長が意図したリターンは子々孫々まで及ぶ一門の栄華で、国家の命運は二の次、それ以外は眼中になかったと思われる。しかし、平安文学を専門とする池田尚隆(山梨大学教授)は共著の『藤原道長事典 御堂関白記からみる貴族社会』(思文閣出版)の中で、〈道長の仏事善業は、それ自体が仏教信仰のひとつの理想型であると同時に、のちに連なる大勢の人びとをそれぞれに魅了し、仏法へと引き寄せた点で重要といえる〉との評価を与えている。
さらに一言加えるなら、道長の関与した仏教芸術はその後の日本人の美意識形成に決定的な影響を及ぼした。摂関家の子孫でないその他大勢の日本人にしてみれば、この点こそ、道長の投資による最大のリターンと呼べるのではなかろうか。
(シリーズ続く)
【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』など著書多数。近著に『呪術の世界史』などがある。
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