キューバ危機以来の悪夢
イランがヒズボラ支援の地上戦に入った時には、イスラエルはアメリカの地上軍などによる支援を期待するだろう。だが、バイデン政権に果断な決断ができるだろうか。アメリカが派遣をためらえば、イスラエルの孤立は一層際立つだろう。
核を持つイスラエルは、生き残りのためなら、国際的な非難を浴びても、核の使用に踏み切る恐れがある。ひとたび核が実戦で使われれば、中東だけでは収まらない。核使用の心理的な障壁は除かれ、ウクライナ戦域でも、朝鮮半島でも核が使われる可能性が高まってしまう。1962年のキューバ危機以来、世界は核戦争の淵に近づいていると心得るべきだろう。
大接戦の米大統領選でも“ネタニヤフの戦争”が、勝敗を左右する「オクトーバー・サプライズ」になりそうだ。民主党候補のハリスはイスラエル支持を表明しながら、ハマスへの残虐な攻撃に同情する若者世代の心を掴もうとイスラエルとやや距離がある。中東での戦闘が沈静化に向かえば、ハリス陣営には有利に働くだろう。だが現実には、バイデン政権の和平工作は一向に進まず、イスラエルのレバノン侵攻で混迷はさらに深まりつつある。
ハリス陣営の攻勢に曝されるトランプ陣営は、反転攻勢の好機と見て、和平を実現できないのは現職のバイデン-ハリスの責任だと追及の手を緩めようとしていない。
安全保障を得意分野とする石破茂・新首相は、かねてから持論だった日米地位協定の見直しを提起し、対等な日米同盟のありかたを模索しようとしている。
だが、ニッポン列島を取り巻く戦略環境は厳しさを増しつつある。2022年のロシアのウクライナ侵攻以降、中東での戦闘激化、台湾海峡と朝鮮半島に近づく有事の足音。これらの危機に、日米同盟がいかに対処するか、東京-ワシントンのコンセンサスを練り上げることをまず優先させるべきだろう。東アジアを取り巻く危局は我々が考えているより、深刻だと考え、備えを急ぐ必要がある。
【プロフィール】
手嶋龍一(てしま・りゅういち)/1949年、北海道生まれ。NHKワシントン支局長として同時多発テロの連続中継を担う。2005年にNHKから独立し、外交ジャーナリスト・作家。著書・共著に『ウルトラ・ダラー』(新潮社)、『ブラックスワン降臨』(新潮社)、『イスラエル戦争の嘘』(中央公論新社)など。
※週刊ポスト2024年10月18・25日号