旧知の元警官を丸紅部長の「替え玉」に
「山中さんから、『齋藤さん、演劇畑の知り合いはいませんか?』と問われて、とっさに思いついたのが福岡県警交通課で白バイに乗っていた元警官でした。僕が親しみを込めて『白バイさん』と呼ぶこの男性は、アスクレピオスの大阪支店で医療機関のファクタリング先を探す仕事をしていました。元警官という安心感もあり、白バイさんに替え玉をお願いすることにしました」
大阪ミナミの宗右衛門町にある居酒屋で白バイさんと対面した齋藤氏が、「S部長が忙しくて出席できないようなので、代役をやってもらえないか」と頼んだら、白バイさんは「よっしゃ、やったるわ。齋藤さんも大変やな」と二つ返事で了承した。まるで、貸金業者の実態を描いた漫画『ナニワ金融道』を地でいくようなシチュエーションだった。
前述したように『地面師たち』では、なりすまし役は本物の地主の生年月日や干支といった個人情報を徹底的に叩き込まれる。だが白バイさんは「出たとこ勝負」だった。
「本物のS部長はブレザーにスラックスが多かったので、白バイさんを日本橋の高島屋に連れて行って、S部長と同じような服を買いました。S部長名義の偽名刺も作りましたが、それ以上のことは何もしなかった。医療現場についてはリーマンの担当者より詳しいはずだから、まあ何を聞かれても大丈夫だろうと思っていました」
迎えた2007年11月8日、山中氏がセッティングし、丸紅本社のライフケアビジネス部に付属した応接室で、S部長の替え玉の白バイさんが同席してリーマンとの交渉が行われた。ドラマのように「もうええでしょう!」と割って入ることはしなかったが、さすがに替え玉が見抜かれるのではないかと、齋藤氏はハラハラしっぱなしだったという。
「最初に白バイさんがS部長になりすまして事業の説明をして、『今後ともリーマンのお力をお借りしたい』と適当に挨拶しました。当日はS部長が不在の時間を選んだのですが、いつ S部長が会社に戻ってきて部屋に顔を出すかもわからないので、ずっとハラハラしていました。白バイさんもいたたまれなくなったのか、一通りの説明を終えると『ちょっと所用がありますので、これで失礼』といって席を立ちました」
とんだ三文芝居だったが、替え玉のS部長をすっかり信じ込んだリーマンはその場で第3弾の出資に合意し、面談翌日に70億円を振り込んだ。
「リーマンがなりすまし部長を信じて安堵しました。白バイさんには報酬を一切渡しておらず、詐欺などの罪に問われることはありませんでした。そのことにもホッとしました」