詐欺師グループによるなりすまし犯罪の手口を克明に描き出し、大きな話題となったNetflixドラマ『地面師たち』。ドラマは現実に起きた地面師事件を下敷きにしているが、それを上回る371億円もの資金を、同様の「なりすまし」手口を駆使してゴールドマン・サックス、リーマン・ブラザーズから詐取した男がいる。2008年に発覚した大型詐欺「アスクレピオス事件」の首謀者だ。なぜ、外資系一流企業は詐欺師の単純な手口を見抜くことができなかったのか。懲役15年の実刑判決を受け14年の服役を経験した『リーマンの牢獄』(講談社)の著者・齋藤栄功氏に、フリーライターの池田道大氏が話を聞いた。【前後編の後編。前編から読む】
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それにしてもなぜ、素人のなりすましや偽造書類といった子供騙しのような手口でポンジ・スキーム(投資家から集めたカネを運用することなく懐に入れて一部を配当として出資者に渡し、また新たに出資を募る手口)が成功し、累計371億円もの資金をリーマン・ブラザーズから引き出すことができたのか。齋藤氏は「まず、丸紅の保証が大きかった」と語る。
「大手商社の一角である丸紅が債務を保証する案件であることが信用の源でした。山中さん(*注:齋藤氏の共謀者で当時丸紅の社員だった山中譲氏)が偽造した丸紅の債務保証書はA4判のたった1枚のペーパーでしたが、その効果は絶大でした」(齋藤氏・以下同)
本物の保証書であるかどうか、丸紅本社に内容証明を送れば直ちに確認できたはずだ。しかし誰もそれをしなかったのは、日本の商習慣に関わるからだと齋藤氏は続ける。
「取引相手の丸紅に内容証明を送るなんて、日本のビジネスマンの感覚から言えば宣戦布告レベルであり、できるわけがありません。しかも山中さんやS部長(山中氏の上司)を飛び越えて本社に内容証明を出せば担当者の立場がなくなり、そこで取引が終わってしまう怖れがある。日本企業と違ってシビアな外資系は平気で内容証明を送る印象がありますが、リーマンは送らなかった。彼らも、あえて日本企業の秩序を乱すことはないと判断したのかもしれません」