うまい酒にはきついタバコと渋いロックが合う
カウンターに、外国人の夫婦がいた。アメリカ人かな。オーストラリアかもしれないけれど、ヨーロッパの人じゃない。なんて、わかりもしないのに……。年の頃なら、オレと同じくらいか? と思うけれど、あっちの人は老けて見えることがあるからねえ。というより、こちらが海外へ行くと子供みたいな扱いを受けるくらいに、見た目の渋さというか厚みというか、くたびれ方というかが、全然違う。特に欧米人相手だと、とたんに自分が幼く感じてしまうのは一人私だけだろうか。奥さんはカクテル、旦那さんはウイスキーのオンザロックスを楽しんでいる。その姿、肩の力が抜けていて、なかなかシブい。
彼等の後ろを通って奥の席に座る。ポケットからタバコを出すと同時に頼むのが、ジンフィズだ。シェーカーにレモンジュースと砂糖を入れてバースプーンで混ぜ、ジンを加えてから氷を入れてシェークする。氷を入れたグラスに注いでからソーダを加えてできあがりだ。
これが、うまい。
この店のオーナーバーテンダー、田中雅博さんとは20年以上の付き合いだが、私は長いこと、マスターのカクテルには手を出さなかった。ウイスキー雑誌の仕事で来たという最初の縁がずっと続いたこともあるが、私が一時期(今もそうかな?)、ブレンデッドウイスキーのソーダ割りをがぶ飲みしていたので、カクテルで評判の田中さんのカクテルにあまり親しんでいなかったのだ。
でも、今は少し違う。WOODYに行ったら、うまい一杯を飲む。今日はまず、ジンフィズだ。ほんのり甘く、レモンの香りが爽快。ジンもふわりと香って、シュワシュワ感もある。実に複雑で、おいしいカクテルなのだ。最近はどのバーへ行っても一杯目はこれにすることが多い。
私はセブンスターを持参しているのだが、田中さんはショートピースを出してくれる。このタバコ、マッチで火をつけてひとふかししたときの香りがたまらん。きついタバコだけれど、酒を飲むときなど、とくにこれがうまい。田中さんはそれを知っていて、昨今吸っている人を見る機会も減った両切りピースを必ず出してくれ、私はそれを必ずいただく。
このバーは、音楽もいい。ブルースが中心だけど、この日は渋いロックだった。しかも日本人。太くて、濃くて、それでいて力は適度に抜けていて、えれえカッコいいな……。これ、誰ですか?
田中さんに聞くと、CDを見せてくれた。一徳バンドの「だからなんだ」というアルバム。
ああ! 高円寺の一徳さんかぁ!
素っ頓狂な声が出たのは、二度ほど取材でお世話になったことのある「一徳」という酒場のマスターが率いるロックバンドのことを、以前に聞いていたからだ。
すごく、いい。このロック。私は昔っからフォーク・ニューミュージック系で、ロックには疎いのですが、この音楽はいい。なんだろう。疎いからその良さの何たるかを捉えきれないのだが、いい、というのは確かだ。腹の底からポカポカしてくる感じ。霧雨振る10月の午後の灰白色の空をバーの窓から眺めながら、もうちょっとばかし強い酒が飲みてえ、と思う還暦ジジイなのです。