“ベビー・ロールス”とも呼ばれた「バンプラ」
実はここから少々ややこしくなります。このADO16には、基本的なフォルムや構造を共通としながらも、ブランドマークやフロントマスク、そしてインテリアが違うモデルが6種類用意されました。例えばベーシックな廉価モデルとして「オースチン」や「モーリス」、中流モデルの「ライレー」、スポーツモデルの「MG」とあり、高級モデルとして「ウーズレー」や「バンデン・プラ・プリンセス」が用意されました。中でもバンデン・プラ・プリンセスは別格とも言える高級仕様でした。バブル期の後期、日本ではテレビドラマなどで使用されたこともあり、通称「バンプラ」などと呼ばれ、ちょっとしたブームを巻き起こしたこともあります。
確かにフロントマスクには立派なフロントグリルと、それを挟むように装備された2個の丸型フォグランプや丸型ヘッドランプが備わり、独特のプレミアム感を醸し出しています。ボディサイドには当時の高級車に用いられていた伝統の装飾「ピンストライプ」まで入っています。佇まいでも他ブランドのADO16シリーズとは一線を画していたのです。
そして圧巻はインテリアです。職人の技によって「世界三大銘木」とも称されている高級木材「ウォルナット」のメーターパネルには2つの丸型メーターと、四角い時計が埋め込まれ、助手席前のグローブボックスを開ければドリンク受けのあるテーブルが出現します。またフロントシートの背もたれの裏側には後席の乗員用として、美しく磨き上げられたウォルナット製の折りたたみ式ピクニックテーブルまで装備。
さらにたっぷりとした厚みのある前後のシートは、英国の高級自動車などの内装やシートに重用さる高品質の「コノリーレザー」がふんだんに使われています。足元に目をやれば、隅々までフワッとした豪華なカーペットが敷き詰められているというしつらえ。
こうしたクラスを越えた内・外装の仕上げに、「ハイドロラスティック」というサスペンションの「柔らかさとフラット感を両立した乗り心地」が魅力として加わります。このサスペンションは“ゴムふうせん(スプリング)の中に特殊な液体を封じ込めた”とも言われる仕組みで、乗り心地は「ソフト&フラット」。こうしたプレミアムと呼ぶにふさわしい条件を全長3.7 m、エンジン排気量1,100 cc(後に1275ccも追加)の小型サルーンの中にたっぷりと持ち込んだことでバンデン・プラ・プリンセスは「ベビー・ロールス」とも呼ばれるようになったのです。
ビジネスやフォーマルと言ったシーンでは運転手付きのロールス・ロイスの後席に座り、休日になったら自らの運転でショッピングや食事などに出掛けるような人にとって「満足できる上質」を備えた、小さな存在。ミニ(全長3.05m)より少し大きなボディでありながらも、そのヒエラルキーは高級車にも引けを取らず、一流ホテルのエントランスに横付けが許されたとも言います。この辺は「バンデン・プラ」がコーチビルダーとしてロールス・ロイスやベントレーなどのボディ制作で培ってきた経験があったからこそ、実現出来た世界観でしょう。